世界の意味を変えたのは誰ですか  




討伐軍がっ、と下っ端が部屋に飛び込んできたときにはもう袋の鼠。気づかれぬよう慎重に窓から辺りを見渡せば、拠点として使っていた屋敷の外には呉の将軍であろうと思われる男が一人とその部下達が並んでいる。数ではこちらが勝るが、将軍格が居るとなると勝機はゼロに近くなる。
何かいい手はないのかっと仲間に急かされて、は必死に考えた。急襲に備えて脱出経路はいくつも考えていたが、それらは塀をぐるりと囲まれてしまってからでは何の役にも立たなかった。故に、戦闘は避けられない。


「だめです、やはり、戦闘は避けられません・・・表も裏も敵兵に囲まれてしまっています!ですが、表で何人かが暴れているお陰で、裏門が手薄です、今なら、全力で行けば裏門から脱出できますっ」


が必死に考えての結論だったが、お頭は苛立ちの頬を叩いた。小さな体はその衝撃で壁に叩きつけられる。

「あれだけ兵法だの何だの勉強しておいて、結果がこれかっ!!食い扶持が減るのも我慢して今まで養ってやったのに、この役立たずがっ」

賊のとは言っても情に厚く、にも優しかった、そんなお頭の豹変。
攫われて賊の仲間入りをしただったが、仲間はみんな優しく、と自分の策を当てにしてくれることが嬉しくて、悪いことをしているとは知りながらもいつでも最善の策を考えてきた。それなのに。
打ち所が悪かったのか、視界が揺れる。意識を手放しそうになったが、耳に飛び込んできたお頭の言葉に絶句する。

「西の脱出経路を使え!!戦っても勝ち目はない!!」

西…西…西は、ダメだ。あの道は狭い一本道。急な山道を下る足場の悪い経路でもあり、焦りと不安がある状態で利用しては、我先にと互いに押し合い速度が落ちる。そしてなにより、先回りでもされてしまえば防ぎようがないのだ。


「っ、お頭、西、西はダメですっ!全滅します!」


お頭っ!!と必死に叫んでも気が動転している仲間の叫び声と足音にかき消される。仲間だと思っていたのに、横たわるには誰も手を差し伸べようとしない。
は足掻くことをやめた。逃げても死ぬ、どうせ死ぬなら強くありたい。屋敷の中にも、既に討伐軍の手が迫っていた。カチャカチャと響くのは鎧の音。お頭たちは、鎧なんてつけないのだから。
は立ち上がって西の窓に向かった。案の定、先回りされていたらしくあの一本道で挟み撃ちに合っていた。

「あの道は、闇に紛れて下る道。敵との追いかけっこに使うには向かないのよ、お頭……」

バン、と戸が開く。に気づいた兵が一斉に得物を構える。相手が女子供だろうと容赦する気はないのだろう、は観念して目を閉じた。


「…やめよ。まだ子供ではないか」


やけに響く鋭い声だった。声の主は孫堅。彼は、赤い頬でこちらを睨むに何故か目を惹かれた。見つめれば引き込まれそうな大きな瞳に不安の色が写っている。大きくなれば美しい女になる。小汚い衣装に身を包んでいるが、その姿は凛として色気さえ漂うほどだった。

ふむ…と考え込む孫堅に部下の一人が叫ぶ。

「孫堅様、幼くとも、賊の一員に間違いありません!!生かしておくわけには行きませんぞ」

の肩が震える。殺されるぐらいなら、と舌に歯を立てるが孫堅が薄く笑う。

「生半可な覚悟では舌を噛み切ることはできん。見たところ、下賤の者ではないな。殺しはせんからわしと共に来い」

正気ですか、とざわつくが孫堅はもう決めたとを肩に担ぐ。娘の尚香と重なり、捨て置けなかったのか。あるいはその瞳に引き込まれたのか。 驚いて暴れるのお尻をポンポンと叩きながら、孫堅は屋敷を出た。


■□


汗で張り付いた髪を、孫堅が優しく剥がし整えていく。ん、とむず痒さにが声を漏らす。

「うん……孫堅、様?」 「…すまんな、起こしたか。」

まだ覚醒しきっていないようだ。は、寝ぼけた様子で孫堅に体を寄せる。孫堅の厚い胸板に、の頬がぴったりとくっ付く。
養女にして育てるつもりだったが、幼く見えたは実は18だった。栄養不足で発育が遅れていたようで、孫堅の元ではすくすくと育っていった。 そして気づけば男女の仲に。寝ぼけて体を押し付けてくるに、孫堅は下半身に熱が篭るのを感じた。の肩をつかみ、勢い良く引き剥がせば何事かとようやくの目が覚める。

「そっ、孫堅様っ!?」

腰にあたるソレには慌てる。朝っぱらからいい加減にしてください、と抗議しても、孫堅の手ですぐにその気にさせられてしまう。

結局、二人が揃って部屋から出てきたのは、太陽が真上に昇る頃になってからだった。
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