禁断症状発症中
「結婚?ああ、うん、するする」 は、母が差しだしてきた見合い写真を開こうともしなかった。家に生まれた時点で自分の好きなように人生を選ぶことなんて出来ないと思っていたし、誰と結婚してもやっていける自信があったからだ。 「暗殺の仕事が続けられればそれでいいから、の利益で選んでくれればいいよ」 の言葉に、母は悩むように数秒間目を閉じて、開いて、それから「…ごめんなさいね、」と心底申し訳なさそうに眉を下げた。どうやら、母としても本意ではないが、どうしても断ることが出来ない縁談らしい。 「本当に本当にごめんなさいね」 「……断れないんでしょう。いいよ、そんなに謝らなくても」 あの日から1週間が過ぎた。の知らないところであっという間に縁談は進み、両家揃っての食事会が開かれることとなった。ここで初めて結婚相手を目にしたは、「え」と抑えることができなかった驚きが口から飛び出してくるほどの衝撃を受けた。テーブルの下で隣の母の足をつつく。この相手は何なの、という意だが母からは何の反応もない。 ゾルディック家。暗殺を生業にする者なら誰でも知っているであろうこの一家は、の結婚相手にと次男を差し出してきたのだ。 次男、ミルキ・ゾルディック。 もう何を言っても遅いのは明確だった。 の父母は、相手の容貌があまりにもアレなので申し訳ないという気持ちはあるようだが、基本的にはゾルディック家という後ろ盾を得ることができて万々歳だし、ゾルディック家の方は最初からこの縁談に異様に乗り気なのだ。 具体的な日取りを決めている父母の言葉をまるで他人事のように聞き流しながら、は目の前の男を上から下までじろりと見定めた。居心地悪そうにミルキが身じろぐ。不躾な視線だと思うが構うものか。 フンフンと鼻息が荒い。食べカスは頬につけ放題。太ってぱんぱんになった顔、暗殺者失格だろうと言いたくなるほど脂肪が詰まった身体。ゾルディック家の次男というアドバンテージがあってもカバーできそうもないほど欠点のオンパレードだった。 「さん、明日からでもうちに花嫁修行に来てはいかがかしら。ミルキとも打ち解け会う時間が必要だと思いますし。さんのために、たくさんお洋服を準備してますのよ!」 話がまとまったらしく、キキョウがキンキン声で興奮したようにまくしたてた。 「明日!?……あ、いえ、明日は仕事が入ってますしその後も……そうですね、来月からでもよろしければ」 「いや、、お前の仕事は家族で分担して引き受けるから、明日からにしなさい。いやー、不束な娘ですがよろしくお願いいたします」 長い物に巻かれ過ぎているの両親は、既にゾルディック家の言いなりだった。 明日からと言われて、が嫌がっていることなど重々承知のはずなのに、こうして平気でゾルディック家に送り出すのだから。 (明日からって何、どこの急展開ドラマよ。こんな不細工で脂ぎった息子を押しつけておいてなにが花嫁修業よ。あんたのとこの次男の嫁になるために私が修行して身につけることなんて何一つないわよ!) の心の中では巨大ハリケーンが猛威をふるっていた。ふるっていたけれども、 「分かりました、明日からよろしくお願いいたします」 とそれはそれは上品に微笑んだ。それしか道はなかったのだ。 ▼ 長男は留守、三男は家出中。ゼノ、シルバ、キキョウ、カルトにきっちりと挨拶を済ませたはキキョウに案内されて自室へと向かう。 「やっぱり夫婦になるんですもの、お互いを知るためは一緒に生活することが大切ですわよね」 ミルの部屋は十分な広さがありますから。 ぞぞぞ、と冷や汗が伝うがキキョウの決定には抗えない。うまく回避する術も思い浮かばない。 ここがさんのお部屋です、と案内された部屋には当然の如くミルキが居た。フィギュアが所狭しと並んでおり、その中でお菓子を食べながら一心不乱にキーボードを叩くミルキ。気持ち悪さの余り泣きそうになる。が、我慢。 「修行は明日からですから、今日はゆっくりして下さいね。夕食の時間にまたお会いしましょう」 はい、と笑顔でキキョウを見送った後、すぐに気が抜けて 大きく吐いた溜息に、ミルキが眉をしかめた。 「さっそく失礼なやつだな。普通、婚約者の前でそんな溜息つくかよ」 「昨日会ったばかりの人と一緒に暮らすことになったのよ?気疲れせずにいられるとでも?」 むすっとしたミルキの言葉に、は怒気を滲ませてそう答えた。言葉につまったミルキはチッと舌打ちをしてパソコンに向き直った。カタカタカタとキーボードの音しか聞こえなくなる。いらいらいらいら。 「ミルキさん、私の荷物は?もう部屋に運んでるって執事のゴト―さんが仰っていたけど」 「あー、本棚の左に並べてるやつのこと」 本棚の左側にはかなり乱雑に段ボールとスーツケースが積み重ねられていた。その隣の棚に几帳面に並べられたフィギュアと自分の荷物とのギャップがの怒りを煽る。 「部屋は好きに使ってもいいけど、俺のコレクションには触らないでよね。飾ってる棚に荷物置くのも禁止」 気色の悪いフィギュアが置かれていない場所なんて限られていたし、フィギュアが飾られていない棚なんてなかった。つまり、私の荷物は床に直置きでこのまま段ボールに収納して使えとそういうことか、と。の怒りが噴火しようとしていた。 「少し話し合いをしましょう」 ミルキの返答などきかぬまま、はミルキの首根っこを掴みイスから引きずり落とすと、精いっぱいの力で持ち上げて壁に背を押しつけた。 ぐい、と顔を近づけると、ミルキは訳が分からず赤面した。 「な、何だよっ」 「フィギュアを片づけるのと壊されるの、どっちがいいですか」 「は!?」 怒りを出来るだけ抑えて丁寧な言葉で胸の内を伝えたつもりのだったが、漏れだすオーラが禍々しいものだったため、ミルキは焦る。けれど、フィギュアに手を出されるのだけは許せなかった。 「フィギュアに何かしてみろよ、お前、殺すぜ!俺と結婚したいやつなんか、掃いて捨てるほどいるんだからな!」 かっとしたは、右手でミルキの頬を掴み、捻り上げた。そして、耳元で囁く。 「これから一生、動かない人形相手に一人で興奮して楽しんでればいいわ。あれ、パンツ見えてるじゃない。見てて、興奮するの?あなたには、例えお金と権力があったとしても女は寄って来ないわよ。男としての喜びを知らないままに枯れていくのが目に見えてる」 「んな!」とミルキが訳の分からない悲鳴をあげるが、にはもうどうでもよかった。ミルキを突き飛ばして、段ボールの山の中からスーツケースを引っ張りだすとそのまま何事もなかったかのように部屋を出ようとする。 「おい、待てよ!この淫乱女!」 「誰が淫乱ですって?フィギュアばっか集めてる変態童貞に比べればマシです。さようなら、もう話しかけてこないで」 「それでいいのかよ?ゾルディック怒らせてただで済むと思ってんのか!」 ぴくり、との動きが止まる。の周りを渦巻くオーラが、凄まじい怒りを物語っていた。 「権力を振り翳すなんて最低。でも、私も、には迷惑かけたくないのよね」 一歩、また一歩とが近づいてくる。その異様な雰囲気に、ミルキは後ずさる。 「な、ななななんだよ」 「いろいろ考えてたのよ。どうすればあなたを思い通りに動かせるようになるのか」 はそう言うとミルキを床に倒してそこに馬乗りになった。かあ、っとミルキの顔が瞬く間に赤くなっていく。な、ななななと喚くミルキの顔を掴み覗きこみながら、は身体を変形させていった。バキボキと嫌な音を立てながら、出ているところが引っ込んだり、引っ込んでいるところが出たりとまさに大改造。 「……ひい!」 目の前で繰り広げられるグロテスクなそれを避ける様にじたばたと暴れるミルキだったが、やがて完成形となったに 「なっ、やば、お前、それ……!!」とうまく話せない程興奮した。下も。 はミルキの人形そっくりに擬態していた。 「そんなに嬉しいの?すっごく固くなってるけど。気持ち悪いわ」 が右手でそれを摩ると、「あぁっ!」と吐息交じりの声をあげた。はすかさずポケットからケータイを取り出して、恥ずかしいミルキの様子を録画し始めた。 「お、い……ふざけん、な、やめろよ」 「……もうこんなにしちゃって。とことん変態なのね。ほらほらほら、ここは?ねえ、ここは?」 何もかも未経験なミルキに、のテクニックと言葉攻めは相当の効力をもたらした。 「恥ずかしい人ね、この程度で出しちゃうなんて」 ジーンズの上からさすっただけなのに、どれだけ簡単な男なの。擬態を解いたは、嘲笑の眼差しを向けた。 「お前……信じらんねえ」とミルキは未だ上ずった声で弱弱しく抗議するが、録画した映像を確かめながら悪魔の笑みを浮かべているは、今度は足でミルキの敏感なところを踏みつけた。 「あぁっ」 「私が何を言いたいのかは分かってるわよね。クラウド保存もしたからそう簡単には消せないわよ。ネットに流すと、一生消えないゾルディックの恥になるわね。ご両親に見られるのもなかなか恥ずかしいわよね、私なら死んじゃう」 ぐ、と唇を噛みしめるミルキ。この間もの足の指はミルキをイタぶるように強弱をつけて動いていて、ミルキの巨体がもぞもぞと床の上で悶えている。 「手始めに邪魔なフィギュアを片づけて。……捨てろとまでは言わないから」 そう言ってぱっと足を話したに、ミルキは放心状態のまま呟いた。 「フィギュア捨てたら、続きしてくれたりする?」 「きもちわるい」 の重たいスーツケースがミルキの上に落ちた。 |