混ざり合う心象 2
「テンション低いね。・・・大丈夫?」 更衣室に入ってすぐ、そう先輩に声を掛けられた。 脱いだヒーロースーツを畳みながら「分かりますか・・・なんだか最近全てが上手くいかなくて」と弱音を吐く。夜勤明けの私と入れ違いの勤務である先輩は、ゆっくりとパステルカラーのカーディガンをハンガーに掛けている。・・・その左手薬指に光る指輪が視界に入り、ついじっと見つめてしまった。先輩は職場恋愛の末に同期のサイドキックと結婚したばかりの新婚さんだ。 「ヒーローなんて、騒がれてるうちが花なんだからありがたいと思って利用しちゃいな。私なんてさ、結婚したっていうのにスポーツ紙にスルーされたんだよ!こんな悲しいことある?」 「でも私がここまで騒がれるのは、噂になる相手の知名度のせいであって・・・」 「あのベストジーニスト捕まえたんだもん、騒がれなきゃおかしいでしょ。トム・クルーズと結婚したときのニコール・キッドマンだって、全く無名の女優だって言われてたんだよ。今じゃ大女優なんだから!あんたヒーロー番付だって上がってきてるし、派手な個性なんだから自信持ちな!」 「先輩・・・・・・!」 わしゃわしゃと頭を撫でられる。同期達とはまた違う角度からの慰めの言葉は、大荒れだった私の心を癒してくれた。 「ニコール・キッドマンはトム・クルーズと離婚してから人気爆発したの。コロナもジーニストを踏み台に羽ばたきな!あんたが気にしてるほど、世間は批判的な目は向けてないんだからね」 ▲▼ 先輩の言葉を思い出しながら、いつもより良い気分で帰宅し、シャワーを浴びてルームウェアに着替える。夜勤明けの重たい瞼は、今にも閉じてしまいそうだった。今日、明日とお休みなので、目覚ましもかけずに好きなだけ寝ようと思う。遮光カーテンを閉め切り、ホットアイマスクをつけてベッドに入るとすぐに猛烈な睡魔に襲われて意識を手放した。 ・・・ 目覚めると15時だった。 朝8時から眠り続けていたにも関わらず、寝ようと思えばまだ寝られる。 どうしよう・・・ とりあえずベッドサイドで充電していたスマートフォンに手を伸ばす。ヒーローニュースでもチェックしようと思っていたのに、LIMEからのポップアップ通知に嫌でも視線を奪われた。 『 今日仕事終わったら、の家行っていいか?』 『 舐めプ野郎と付き合うんか』 『 久しぶりだな、。元気にしているだろうか。最近の加熱報道、恐らく私がその引き金を引いてしまったのだと思う。君に迷惑を掛ける気はなかったんだが・・・』 既読を付けたくなくて通知画面のままでスライドさせてメッセージを読んでいく。ああ、だめだ、維さんのメッセージ、長くて途中までしか読めないや。 返信を考えるだけでどっと疲れそうだ。一層の事 もう1回寝ちゃおうかなと逃避しかけた時、突然スマートフォンが着信画面に変わった。 “爆豪くん”と相手の名前を見るより前に反射的に通話ボタンを押してしまい、「あっ」と声を上げた時にはもう遅かった。通話画面に切り替わった電話を、恐る恐る耳に近づける。 「・・・・・・・・・も、もしもし」 「・・・てめえ、暇ならさっさと返事しろや!未読スルーすんな!」 「や、無視とかじゃなくてね。夜勤明けで今まで寝てて」 「なら起きたらまず既読つけろや!」 寝起きに爆豪くんの怒鳴り声はきつい。ベッドの上、少し耳から離してスマートフォンを置いたのにまるでスピーカーモードのようにはっきりと声が届く。 「うん、そうだよね、ごめん・・・えっと、何だっけ、ショートと付き合うのかって話?」 恐らく飲み会での出来事を切島くんあたりに聞いたんだろう。爆豪くんはプロヒーローになってからも切島くんとはよく飲みに行ったりと密な付き合いを続けているらしい。全体の飲み会の参加率は低いのに・・・! 「しっかり内容読んでんじゃねーか!小狡いことすな!」 未読を装うのを忘れ、細かい爆豪くんにすぐさまつつかれた。「ごめんごめん!」とすぐさま謝ったけれど、爆豪くんの声は依然不機嫌なままだ。 「で?」 「うん?」 「轟と!付き合うんか!」 「・・・うーん、なんとも」 「は?断れや!」 「断るも何も、飲み会以来そんな話になってないよ。それに爆豪くん。私の彼氏でもなんでもないんだから、そんな風に口を挟める立場にないでしょ?」 思ったよりキツい言い方をしてしまい、すぐに後悔した。怒らせてしまっただろうか・・・スピーカーから放たれるであろう怒号に備える・・・けど、聞こえてきたのは「・・・それなら、」と小さな呟きだけ。 「・・・なら、俺と付き合え」 ひゅっと無意識に息を飲んだ。私の明らかな動揺は伝わっているだろうに、爆豪くんは続けざまにまた1つ爆弾を落とした。 「好きだ」 真剣な声色で静かに発せられたその言葉は、余韻を残しながらゆっくりと消えていく。 どくん、どくんどくん。 ・・・爆豪くんの気持ちには、気づいていた。 維さんとの破局を気にしたり、ショートとの仲を気にしたり、中身のないLIMEを3ヶ月以上も続けたり・・・爆豪くんは、私に爆豪くんのことを意識させるために、敢えて分かりやすくその心を漏らしていたのだと思う。いずれ気持ちを伝えられるかもしれないと分かっていたのに、いざ言葉として耳に入ってくると、動揺から考えることも話すことも放棄したらしい私の身体はただただ固まった。そもそも、“彼氏でもないんだから”なんて言い方をすれば、話の流れからこうなってしまうことはある程度予測できたはずなのに。寝起きの頭ってちっとも働かない。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・おい」 「・・・・・・・・・」 「・・・何か言えや」 幾分かトーンダウンした爆豪くんの声で、ようやく私の頭がまわりだす。 「・・・爆豪くんの気持ち、すごく嬉しい・・・ありがとう。でも・・・私、今はジーニストさんと別れたばかりだし・・・次の恋愛に進むにはまだ早いかな、と、思ってて「半分野郎には“言葉にしてくれたら考える”つったんだろ!それらしい事言って誤魔化すな!」 だから今は誰とも付き合う気はないよ、と続くはずだった言葉は、爆豪くんの剣幕に圧されて口の中で消えた。・・・私が思うよりもずっと、あの飲み会の出来事は詳細に爆豪くんに伝わっているらしい。 「・・・酔ってたし、ショートの言葉っていちいちドキドキさせられるから・・・つい・・・・・・」 「“つい”・・・?男惑わすのも大概にしろやこのクソ女!・・・なんでこの俺がいつまでもお前なんか・・・!!」 てめェがジーニストと付き合い始めたとき、諦めついたはずだったのによ・・・! きゅん。 締め付けるような胸の痛みに、思わず襟元をぎゅっと握りしめた。爆豪くんから放たれた言葉が、私の中をぐるぐる回る。爆豪くんは“お友達”。ずっとそう思っていたはずなのに、こんな風に苦しそうに告げられるとそんな思いはすぐにぐらぐらしてすぐにでも崩れてしまいそうだ。 「振るなら振れや、怒ったりしねーよ」 私の沈黙をマイナスの意味で受け取った爆豪くんは、小さくそう紡いだ。 さっき言いそびれた言葉をもう一度口にするだけでいい。“今は誰とも付き合う気はないよ”それだけで良いのに・・・理性的な私よりも、“胸の内を正直に伝えたい私”の方が早く声を上げた。 「・・・爆豪くんの言葉、すごく嬉しくて、私、単純すぎる、かな・・・爆豪くんのこと・・・好き 、なのかも。あっ、や、でもっ・・・ごめんなさい、まだ、その気持ちに自信がなくて・・・・・・」 あの、だから、えっと、としどろもどろな私に比べて爆豪くんは冷静だった。 「答えが出るまで待てってことか」 「・・・ごめん、ずるいよね、分かってる」 涙声のわたしがずずっと鼻を啜ると、爆豪くんの深い溜息が聞こえた。 「っとにずりぃ女だわお前は。・・・はァ。んな煮え切らねえ返事聞いて嬉しいだとか感じちまう俺も相当・・・くそっ!」 「・・・ごめ、ごめんね」 「そういうのがずりぃんだわ!泣くなや!」 「ごめ・・・う・・・!」 爆豪くんにひどいことをしているという自覚があるので、自然と謝罪の言葉ばかりが飛び出してしまう。慌てて口を噤むと、「はァーーー」と呆れたような溜息が聞こえた。 「・・・俺は気長に待つなんてできねぇ性分だからな」 「・・・・・・うん」 「分かってんならいい・・・・・・話はそれだけだ、もう切る」 「えっ、待っ・・・・・・」 私の返事も待たずに切られた電話が、時間差でいつもの待受画面に切り替わる。それをぼんやりと横目で見て枕に顔を埋めた。爆豪くんの言葉が頭の中で暴れていて、もうきっと二度寝なんて出来ない。頬はまだ熱を持っているし、胸もどきどきしている。向き合わなきゃいけないことはまだ他にもあるのに、私はしばらくベッドから動けなかった。 |