きみの明星にふれる
シャチョーと付き合い始めて1ヶ月と少し。想像していたよりずっと落ち着いた関係で、シャチョーのマンションにお邪魔したこともなければ、発情の日以来“そういう行為”をしたこともない。アラフォーの男性ってこういうもの?年の差恋愛をしたことがないわたしにとって、シャチョーとの付き合いは未知の世界だった。 社会人2年目のわたしは未だ大人になりきれていないので、1ヶ月記念日をスルーされたことも若干根に持っている。面倒な女だと思われるのは嫌なので、当分は内に秘めておくつもりだけれど。 更衣室でヒーロースーツから私服に着替えながら、頭の中ではシャチョーの事ばかりだった。 普段より少し気合いの入った今日の私服も、残念ながらシャチョーとのデートの為ではない。月一の雄英飲み会用の服装である。その為に早上がりの申請を出していたわたしは、お気に入りのハンドバッグを手に早歩きで社長室へ向かう。一応、シャチョーへの挨拶はしておかないと。 「失礼しまーす」 控えめにドアをノックしてから、シャチョーの返事も待たずに中へ入る。 中では先輩とシャチョーが何やら小難しいそうな資料を挟んで話し合いをしていて、「あれ、すみません、出直しましょうか」 と思わずドアノブに手を掛ける。 「いや、もう終わる」 社員の前だと意図的に口数少なくわたしと接している節のあるシャチョーは、今日も例に漏れずな返答だった。 「あ、そうか、キティ今日早上がりっつってたもんな。シャチョーに挨拶に来たんだろ?」 私服姿のわたしをみて察したらしい先輩が、場所を譲るようにデスク前から1歩下がってくれた。 「あ、すみません先輩。シャチョー、お先に失礼しますね、お疲れさまです。先輩も!」 ついでのように先輩にも声を掛ければ、にやにやした顔を向けられる。 「なにキティ、デート?」 「そう見えます?」 「スカートとかヒールとか、普段履いてないだろ?」 「よく見てますね、先輩・・・こわい」 カツ、とヒールを鳴らして後ずさると「引くなって!」と先輩が笑いながら突っ込みを入れてくる。 「今日同級生との飲み会なんですよ」 「雄英の?キティの代仲良しだよなあ。よく雑誌に“ニューヒーロー深夜のバカ騒ぎ!”とか扱き下ろされてるヤツ?」 「よくご存知で・・・そんな雑誌に負けず、未だに毎月開催してますよ。今日もバカ騒ぎしてきますね!じゃ、シャチョー、お疲れさまです!」 「ああ」 やっぱり素っ気ないシャチョーの返事を寂しいと思いながらも、それを口に出すことはせず。ちゅ、と投げキスを飛ばせば先輩に顔を顰められた。 ▲▼ クラス飲みはいつもこの店、と決まっている。顔なじみになった店員さんに「今日は2階の宴会席でご準備してます!」と告げられて階段を登ると、ほとんどのメンバーが既に着席していた。わたしが空いていた切島くんの隣の席に座るのとほぼ同時に、峰田くん瀬呂くんが到着して、メンバーが全員集まった。乾杯は生中と暗黙のルールがあるので既にわたしたちの目の前にはジョッキが置かれている。 「よーし、みんな集まったな!じゃ、始めたいと思います!せーーの!」 「「「「プルスウルトラ〜!」」」」 今回の幹事、上鳴くんの掛け声でジョッキが合わさる。爆豪くん切島くんはすごい勢いで一気飲みしているけど、わたしはビールは苦手なので1口だけ口に含んであとはテーブルに戻した。下げてもらってカルーアミルクでも頼もう。 「ガキかよ。寄越せ」 有無を言わさずわたしのジョッキを奪ったのは爆豪くんだ。またも豪快に喉を鳴らして一気飲みしている。 「爆豪くん最初から飛ばすねえ。まだ枝豆しか来てないのに、酔い回るんじゃない?」 「あ?んなヤワじゃねぇわ」 「そっか、すごいね。わたしすぐ酔っちゃうからなあ」 高校時代で爆豪くんの扱いは心得ている。反論せず、とにかく褒める。あまりわざとらしいと“馬鹿にしとんのか!”と吠えられるが、今のはセーフだったみたいだ。 「次何飲むんだよ」 「カルーアミルク」 「瀬呂!生中とカルーアミルク」 遅れてきたせいで下座に座った瀬呂くんは、てんてこ舞いだった。至る所から回される空になったグラスやお皿を隅に集めたり「俺も生中!」「おいらグレープサワー」とそこかしこからの注文をとりまとめてお願いしたり。それが毎回の下座席の役割なので、瀬呂くんも文句一つ言わず動き回っている。デキる男だ。 ・・・ 「で!なんか浮いた話とかねぇの!?」 ヒーローだって、与太話が大好きだ。部屋中に響いた上鳴くんの一声でみんながざわざわと騒ぎ出す。 「切島、前の飲み会で事務所の先輩がどうとか言ってなかったっけ?」 「う・・・!忘れてくれ・・・・・・」 「あ、それなー、淡い恋心破れたり!彼氏居たらしいわ」 「瀬呂ぉ!言うなっつったろ!」 ぎゃはは、と笑い話にされた切島くんはがっくり項垂れている。ちょっと可哀想に思えて「大丈夫!切島くん女性誌の漢気ヒーローランキングで上位食い込んでたよ!モテ男予備軍だよ」と教えてあげた。 「漢気?!まじか!」 「うん。Concom8月号だったかな。わたし持ってるから写真撮って送ってあげる。べた褒めだったよ!」 「〜〜!ありがとな!」 「いいってことよ!」 切島くんとの会話がひと段落したので、届いたばかりのカルーアミルクをゆっくり飲みながら、みんなが口々に話す内容に耳を澄ます。轟くんは恋愛についてはまだよく分かんねぇ、と言っていて、砂藤くんは料理教室で一緒になる年下の女の子にお熱だそう。詳しく聞きたい、砂藤くんのとこ行こうかな。そう思っていると、「ねえ、、その後どんな感じ?」といい感じに酔いが回った三奈がグラスを持って移動してきた。 「切島、ちょっと寄ってー!」 強引にわたしと切島くんの間に入り込んできた三奈ちゃんは、目の前にあったフライドポテトを食べながらにやにや。 「爆豪くんのことだよ?」 プロヒーローになってすぐに別れた相手だというのに、まるで旬のネタであるかのような扱いだ。 少し潜めた声だったけど、わたしの右隣の響香には聞こえたみたいで。 「ウチも気になってた!さっきだって爆豪がのビール奪って飲んでたでしょ?次のドリンクの注文までしてたし!あの顔でカルーアミルクとか言ってさ!」ぷは、と笑いながら響香の目線は爆豪くんに向いていた。 「私、爆豪とは結婚するんじゃないかと思ってたんだー」 間延びした独特のテンションでの思わぬ爆弾発言を受けて、カルーアミルクを吹き出しそうになった。 「け、結婚・・・?そんな仲良しに見えてた?」 「うーん、仲良しっていうか、この先爆豪の手網を握れる女子は以外いないんだろうなって感じー?」 「そうかな〜・・・・・・」 爆豪くんはわたしの初めての彼氏で、高校2年生からヒーローデビューの年の夏まで付き合っていた。ちなみに初体験の相手も爆豪くん。シャチョーを怒らせたあのコンドームも、実は爆豪くんのものだったりする。ヒーロー活動に熱中するあまり、お互いがお互いを疎かにしすぎて別れに至ったわけだけど、それなりにいい思い出ではあった。 「ムカついたり楽しかったり色々あったけどね。今では良い思い出って感じ」 「より戻す気とかないの?」 「ないない!わたしは、わたしのことめちゃくちゃ好きでめちゃくちゃに甘やかしてくれる優しい人と結婚したい」 夢見すぎ?21にしてやばい?と両隣に笑いかけると、二人とも赤面していた。 「え、なに?」 「今の顔!こっちが照れるんだけど!」 「絶対男出来たでしょ!その人のこと想像して言ったでしょー!誰にも言わないから!ここだけの話秘密ってことでさ、ね!」 耳を寄せてくる2人の勢いに乗せられて、小さく呟く。 「実は、うん。彼氏できました」 「「おおおおおーー!」」 おめでとー!誰と?誰と?と盛り上がる2人の声は大音量で、「ここだけの話って言ってたじゃん!」と責めるがもう遅い。 「なになに、おめでたい話?」 グラスを持って上鳴くんが移動してきたことで、更に騒ぎが大きくなる。 「、彼氏出来たってーーーー!」 「う、裏切り者!!」 三奈の大声に、部屋中の視線が集まった。 口々におめでとうと言われて、こんな大々的に発表する気はなかったわたしは、慌てた拍子に猫耳と尻尾を出してしまい、みんなの大声で耳が痛くなったり尻尾のせいでスカートが捲れ上がりともう大混乱だった。 「照れちゃって可愛いんだからー!で!で!お相手は?」 ハイテンションな三奈はもう誰にも止められない。上鳴と一緒になって、「同じ事務所のよく一緒に現場にくる先輩とか・・・?」「ルミリオン先輩とか、サンイーター先輩も有り得るくね?仲良かったよな?!」と知っている名前を挙げ始めた。わたしの表情から正解を探ろうとしているのかちらちらと視線を向けてくるので、その度にふるふると首を横に振る。 「おいクソ猫女、はよ言えや!相手誰だ」 対角線上ぐらい離れた席の爆豪くんが、こっちを見ている。まさかこんな話に乗ってくるとは思わず、目を瞬く。 「やばー!三角関係!」と三奈ちゃんが揶揄を浴びせるが、「そんなンじゃねぇわ!」と一蹴されている。 「それは・・・・・・秘密ってことで」 「あ?隠すような三下野郎ってことか」 「う、ううん!素敵な人だよ!今は・・・ゆっくり大切にしたいだけ」 「は!そーかよ!俺と別れといて下らねぇ恋愛してんならぶっ殺す、覚えとけ」 「・・・!」 言葉は悪いけど、爆豪くんなりのエールのようだった。 三奈がぼそりと「爆豪やっばイケメン・・・!」と呟いた。私含め、部屋中の女子が激しく同意して頷く。 「あ、ありがとね爆豪くん。何かあれば・・・報告するね」 「して要らんわ!チッ・・・瀬呂、麦ロック!」 「はいよ!」 「・・・!!今の言葉!爆豪漢気半端ねえ!俺の手羽先1本やるわ、受け取ってくれ!」 「いらねぇわ!!」 2人の高校時代から変わらないやり取りに思わず笑ってしまった。 ああやっぱみんな、好きだなあ! それからも茶化されたり茶化したりしながらあっという間に時間は過ぎた。 12時をまわり店の閉店時間になるまで、ずっと話が途切れることがないのだから同級生ってすごい。 ▲▼ 「2次会組〜!着いてこーい!」 へろへろの上鳴に続いて、大多数が繁華街を目指す。次の日に有給をもぎ取っている計画的な面々だ。残念なことにわたしは明日仕事なので、二次会不参加組だ。今日はわたしだけ家が逆方向なので、このまま1人タクシーで帰ることにした。わたしを1人残すことを心配してくれていたけど、明るいとこで待つから大丈夫!と無理矢理送り出した。 一息ついたところでスマートフォンを開くと、シャチョーから何度も着信が来ていることに気づいた。いわゆる鬼電というやつ。 時間が時間なのでメールで済まそうとも思ったけど最終着信が15分前なので、もしかしたら起きてるかも。数コールだけ・・・と心に決めてダイヤルする。 「・・・あ、シャチョー?ごめんなさい、全然スマホ見てなかった」 ワンコールですぐに通話に切り替わったので、シャチョーが寝ずに待っててくれたのだと分かる。 『・・・随分遅かったな 』 「え、そう?飲み会の日はいつもこんな感じだよ」 「薄情な連中だ、こんな夜分遅くに女子を1人で帰すとは」 「えっ」 スピーカー越しではない声が聞こえて慌てて振り向くと、私服姿のシャチョーが立っていた。纏う空気が怒気を帯びている。 「ええ、シャチョー!?何して・・・なんでお店・・・」 「社員達が話しているのを聞いた。お前達の代の御用達の店だと」 「先輩に・・・?ほんとよく知ってる・・・」 割と口の軽いチャージズマのSNSか、週刊誌からの情報だと思う。あの店には“静音”の個性を持つ店主がいて、いくら騒ごうとも声が外に漏れる心配はないので、わたしたちは浮気することなく毎月通い続けているのだ。 「・・・シャチョー、ありがとう」 開いていた配車アプリを閉じて、シャチョーに思い切り抱きついた。 「シャチョー、車は?」 「近くのパーキングに停めてある。フラついてるが、歩けるか?」 「・・・歩けないって言ったら抱っこしてくれる?」 「猫の姿ならな」 アルコールのせいか、すっごく甘えたい気分。なのに、素面のシャチョーは素っ気なく言葉を返してくる。 「・・・猫になったら服脱げちゃうけど、シャチョー拾って持って帰ってくれるの?・・・下着もだよ」 「・・・この酔っ払いが」 「シャチョーつめたーーい」 抱っこしてよ。上目遣いで正面から抱きつけば、少しの躊躇を挟んでからふわりと身体が浮く。 「シャチョー!」 シャチョーの首に両手を回してぎゅっとしがみつくと、首筋にちゅっと唇を落とした。 やば、アルコールのせい?シャチョーが愛しくておかしくなりそう。お迎えに来てくれるって、ちゃんと彼氏だ・・・! 爆豪くんからの嬉しいエールも思い出して、わたしは幸福に包まれて目を閉じた。このままシャチョーのマンションに連れてってくれないかなあ、と期待しながら。 |