降り積もる愛のあかし  




「ニャーーーーー」


ギャングオルカの肩にちょこんと座り、長い尻尾を揺らめかせながら甘い声で鳴くのは、ブラウンマッカレルタビーの金眼の猫だった。
ピンク色の肉球のついた小さな手を大きく使い、カメラに向かって投げキッスをサービスをするその猫を、ギャングオルカの大きな手がしっかりと支えている。
雄猫にも人間にも大人気の彼女は、オルカの肩から飛び降りると、地面に着地する前に個性の発動を解いて人間の女性へと変化した。 真っ黒のぴったりとしたボディスーツは、個性に合わせて開発してもらった新素材で、猫になろうと化け猫になろうと人間の姿のまま尻尾を生やそうと、決して破れずぴたりと彼女の身体を守っている。


「あ、ブラウンキティ!!かわいい〜!!」
「スタイル良すぎる!好きーー!」
「助かったよぉ、ありがとう!!」



突然猫化を解いて現れたブラウンキティに湧いたのは、カメラの後ろに待機していた民間人だった。口々にキティに賛辞を贈ると、キティは人型のまま猫耳と尻尾を生やして嬉しそうに尻尾をふっている。

「ご声援ありがとうございます」

語尾にハートが着きそうなほど甘やかな声色、頬を染めながらの満面の笑み。“人気を得るための振る舞い”を理解した、悪く言えばあざといキティは隣に立つギャングオルカに腕を絡める。

「これからもギャングオルカ事務所をよろしくお願いしますね」


▲▼


ギャングオルカの部屋、社長室にて。
来客用のふかふかソファーに座りやる気なさそうに大きくのびをしているのはブラウンキティ。壁掛けにされた60インチのテレビに視線を向けながら満足そうに口角を上げる。テレビの中では、先程までシャチョーと2人で出向いていた現場でのヒーローインタビューが放送されていた。

「あのタイミングの笑顔は完璧でしたね!猫耳も出して正解!」

ねえ、シャチョー?と無邪気にブラウンキティが問いかければ、「猫かぶりも大概にしろ、そして私を巻き込むな」シャチョーが唸る。

「悪役顔でイマイチ人気の出ないシャチョーを思ってのことですよ?」
猫が肩に乗ってれば、いくらシャチョーでも可愛く見えますもん。
オルカの凄みなど何処吹く風、ふかふかソファーで堂々と足を組み、ブラウンキティ---本名 は不敵に笑う。


「シャチョーだって可愛いブラウンキティが大好きなくせに〜」
「・・・!」

次の瞬間には、は猫化してオルカのデスクに飛び乗った。甘えるように擦り寄ってくるブラウンタビーの美猫に、ついついオルカの目尻がだらしなく下がる。この猫の思う壷だと分かっていながらも、構いたくなる気持ちは止められない。首の下を掻いてやれば、嬉しそうに目を細める。かわいい。頭の上から尻尾の先まで、そっと優しく撫でてやれば、擽ったそうにお尻を持ち上げる。かわいい。

「ニャーーー」

大きなデスクの隅に置かれたふわふわのキャットベッドは、ブラウンキティの定位置である。のそのそとそのベッドに移動して丸くなって目を細める猫を、オルカは優しくいつまでも撫で続けた。
は、オルカ事務所の看板猫である。事務所の好感度の全てを担うその猫は、野心家であざとく、けれどもやっぱりとってもかわいい。


「失礼しま・・・あ!やっぱり!またキティはシャチョーの部屋に入り浸って!」
「ニャン」
「シャチョー、甘やかしちゃダメですよ。こいつ、報告書溜め込んでますからね!」

すみませんが、連れ戻します。とキャットベッドで丸まっていたキティを抱き抱えると、手足をじたばたともがくキティの抵抗も何のその、サイドキックはデスクへとキティを連行していく。

「ニャ、ニャ、ニャーーー!」

本人は“お腹に手を回す抱き方好きじゃない!”と言ったつもりだが、猫化のときは言葉を話せないので伝わらない。 仕方なく猫化を解くと、突然人型になったを、サイドキックは危うく落としかけた。

「お、おま、お前!急に変わるなってあれほど」
「勝手に抱き上げたの先輩でしょう?それより、早く手、放してください。先輩の手、ちょうど胸の上です」
「!?」

真っ赤になったサイドキックは、大慌てで手を放した。その直後、オルカが放つヴィランじみた鋭い視線に気づき今度は真っ青になる。

「す、すみません、シャチョー・・・!!」
「?謝る相手わたしでしょう?」

なんなの、もう、わたしを無視して!とぷりぷり怒り出したは、狼狽える先輩サイドキックを置いていくことに決めたようだ。自分のデスクへ向かおうとオルカに背を向けるが、思い出したように振り返った。

「あっ、シャチョー、今日何時に退社するんですか?」
「何も無ければ19時には上がる」
「やった、早い!夜ご飯一緒に食べに行きましょ!」

オルカの予定を聞くこともなく「何食べたいか考えといて下さいね」と話は進んでいく。オルカもやぶさかではないのだろう、「ああ」とそっけない返答とは裏腹に、あれほど鋭かった目付きが緩んでいる。キティの後ろ姿を見送る目の優しいこと。


シャチョーことギャングオルカは、ブラウンキティに滅法弱い。自らに懐くキティを撫でる顔つきは、“ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング3位”だとは思えぬ優しさに満ちている。おそらくキティへの愛情から来るものだとサイドキック達は思っているが、その辺の感情に疎そうなシャチョーが気づいているのかどうか。

「どうした?他に用件があるのか」

いつもと何ら変わらない声色である。
シャチョーにビビってたんですよ!とは言えず、「いえ、もう戻ります!お疲れ様ですッ!」と元気よく口にするしかなかった。


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