混ざり合う心象  




「新恋人とは順調ですか」

ヒーロースーツを着て颯爽と歩くジーニストは、進行方向を遮りマイクを向けてくるリポーターに眉を寄せた。反射的に手でマイクを押し返す。

「・・・失礼、仕事中なので」
「ベストジーニストさん!熱愛報道について一言だけでも頂けませんか」

明らかに不機嫌なジーニスト相手に、リポーターの女性は諦めなかった。これが彼女の仕事であることは理解しているが・・・毎日のように事務所と自宅前で待ち伏せをされ、フラッシュを焚かれコメントを求められる日々はあまりにも鬱陶しく、ジーニストは辟易していた。
前髪を整える手を止めて、はあと短く溜息をつく。

「あれは事務所の飲み会で、彼女は部下の1人だ。・・・これでいいかい?」

そう答えた途端、またフラッシュが焚かれた。自分で質問しておきながら答えが返るとは思っていなかったようで、リポーターの女性は目に見えて慌てており、二の句が継げずにいる。

「い、いえ、待ってください!本当に、上司と部下の関係ですか?・・・仲睦まじく腕を組んでいるお写真もありましたが」
「足元が覚束無いようだったので、腕を貸したまでだ。もう少し引きで撮影してくれていれば、他の部下たちもフレームに収まっただろうに」

もう十分だろう、と再び歩き出すジーニストを囲むようにカメラマンが動き、またしてもジーニストは足止めをくらう。ジーニストがプライベートを語ることは珍しく、この機会を逃すまいと彼らも必死だった。

「コロナと別れた理由はなんですか?・・・個人的な意見ですが・・・その、とってもお似合いだと思っていたのですが」

そう問われて、今までの比ではない程ジーニストの眉間にシワが寄る。ピリついた雰囲気を感じた撮影隊は、ごくりと生唾を呑んだ。

「・・・彼女の理想に及ばなかった、とでも言っておこうか。まだ吹っ切れてはいないんだ、詮索は遠慮して頂きたい」

切れ長の目が寂しそうに伏せられる。これ以上長居する気は毛頭ないようだ。「失礼」と隊を横切るジーニストを止めるものはいなかった。


▲▼


最近のコロナは芸能活動そっちのけで、率先して敵との交戦地に赴いていた。「浮ついてメディアに出るならヒーロー辞めて芸能人になれ!」と父からお説教を受けたこともあり、世間の見る目を変えようと躍起になってるのだ。ヒーロー活動よりも熱愛報道で世間を賑わせていることについて、コロナ自身も本意ではなかった。

コロナの個性は“太陽核”。
ヒーロー名の通り、高温のコロナを操ることはもちろん、自らを核として太陽活動の一通りを行うことができる。残念なのは、あまりに高温すぎて未だ十分な耐熱性のあるヒーロースーツが開発されていないことである。全身から湯気のようにコロナを発生させる能力がありながらも、戦闘中にスーツを跡形もなく焼失させてしまうわけには行かず、手のひらから霧散させるに留まらせている。温度調節は可能だが、周りの空気に与える影響は大きく、高校時代には“サウナ女”と爆豪に揶揄されていた。




「私が突っ込みます、隙を見て拘束して下さい!」

相手は連続強盗殺人未遂事件の犯人として指名手配されている男で、硬化と鋭尖の複合個性という報告が上がっている。この場を任されたヒーローは、コロナの他に拘束タイプのヒーロー“アイアンケージ”が1人。ジーニアス事務所からも1人派遣されたと聞いていたが、「来て早々に吹き飛ばされた」のだそうだ。

「エンデヴァー事務所から応援がくるときいていたが・・・」
「私です。エンデヴァーさんは別の場所で戦っていますよ。サイドキック総出でないと間に合わないほど、敵が多発的に攻撃を仕掛けてきています」

暗にエンデヴァーを待っていたと言われたようで、は眉根を寄せた。言い返してやりたい気持ちはあったが、そう悠長なこともしていられない。

は、両手の平からコロナを放出する勢いと、コロナ内部で起こる連鎖的な小規模爆発の爆風を利用して敵を吹き飛ばしたが、硬化を発動した男は地面に叩きつけられようと何食わぬ顔で起き上がる。拘束タイプの技を懸念してか、身体の至る部分を鋭利な形状に変形させている。

「この状態で拘束するのは難しいですか?」
敵から目を離さずに背後に話しかければ、
「・・・私の檻では硬度が足りないんだ。先程試したが刃の餌食だった」と力のない返事が返ってくる。
こちらの会話を聞いていたのか、にやり、と不気味な笑みを浮かべて動き出した敵を止めるべく、時間稼ぎの為にもう一度コロナを噴出し、敵を地面に伏せた。少し温度を上げたが、敵の纏う金属は刃こぼれはもちろん融解だってしていない。

「敵の纏う金属、融点が高いんです。コロナの温度を上げることは出来ますが、大気に与える影響が大きくて・・・」

個性の相性が悪かった。金属を溶かすまでの高温を実践で使ったことは皆無。低温度のコロナで吹き飛ばしたり、敵の周りに放出し動きを止めたり・・・生身の人間なら例え100℃であっても火傷するし怯んでもくれるのだが、金属相手にはそうも行かない。・・・身近な鉄でさえその融点は1500℃。そんな温度をこんな住宅地付近で使えば、大気も熱されて辺り一面に被害が及ぶ。

「・・・あ、あの!私のバリアで2人を覆えば、被害は最小限で済む?」

沈黙を破ったのは、ジーニアス事務所から派遣されたサイドキックだった。いつの間にか目を覚ましたようだが、頭から流れる血が痛々しい。「こんな感じなの」と小さく張られたバリアを見せられて、は目を瞬かせる。

「耐熱性もありますか?」
「試したことはないけど、小さめに張ればそれなりの強度になると思う。30秒が限度なんだけど・・・・・・使えそう?」

敵が起き上がり、地面を踏みしめる音がする。悩んでいる時間はなかった。


「突っ込みますので、バリアを頼みます・・・!」


が敵との距離を詰めると、半円形のバリアに囲まれる。自分の足音は反響して大きく耳に届くのに、外からの音は一切聞こえてこない。

「切り刻まれにきたのか?お前の技は温くて俺には効かねぇってのによお!接近戦は俺の独壇場だ!!」

敵の右手が頬を掠り、白い肌に赤い筋が浮かび上がる。なんとか追撃を避けきり、1歩下がると、両手から容赦なくコロナを噴出する。2000℃、2500℃・・・・・・敵はコロナの中を平気で動いている。普通は呼吸と共に喉が焼けて苦しくなるはずなのに、体の内部まで金属で出来ているのだろうか。接近戦が得意ではないは、時折距離を測り損ねてスパッと浅くだが敵の刀の餌食となるが、それでも一切怯まなかった。
3000℃、3500℃・・・・・・スーツの耐熱温度を超えた為、スーツが手首近くからじわじわと焼失していく。やばい、と焦りから無意識にコロナの放出を止めてしまったのだが、有色のガスの合間から見えたのは、呻く敵の姿だった。

「な・・・・・・にぃ・・・・・・」

高温のコロナを直接吹きかけられた敵は、体の表面が溶けだしている。
(融点3500℃・・・・・・?!金属の中で最強クラス・・・!)
敵が呻きながら地面に伏し、動かなくなったところでタイミング良くバリアが解かれた。バリア内に溜まっていた高温の空気は、一気に上空へ流れ込む。

気絶したことにより敵の硬化と鋭尖は一度に解け、肌の焼け爛れた男が現れた。
すかさずアイアンケージが鉄の檻で拘束し、待機していた警察官と共にパートカーへ連行する。
固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた住人達が、口々にヒーローへの称賛の声を上げた。と同時に、どこに隠れていたのか、カメラ数台とリポーターがすかさず飛び出してくる。アイアンケージが「全く!避難しろとあれほど言ったのに!」とぷりぷりしているが、そんな小言はお構い無しで、あっという間にカメラに囲まれてヒーローインタビューが始まった。

『 お疲れ様でした!凄まじい戦いでしたね!!』

ありがとう、助かったよー!と口々に周辺住民の声も聞こえてきて、疲れも痛みも吹き飛ぶようだった。

「サイドキックばかりの即席チームだったが、各々の役割をきっちり果たせたように思う」

鉄のようにお堅いアイアンケージの返答に、リポーターは話を膨らますのを諦めたようで、すぐ隣のにマイクが向けられる。

『 では次に、コロナさん!すごい気迫で格好良かったです!最後にお1人で立ち向かう姿には私感動しました!』

「ありがとうございます!最後は彼女の個性のサポートがあったので安心して個性を使うことができました。感謝でいっぱいです」
言い終えてから、隣の彼女へ向き合い「本当に助かりました、ありがとう!」と小声で話しかけると、照れたような笑顔を向けてくれた。彼女のヒーローネームは、“クオータームーン”と言うらしい。

『あっ・・・!!』
「えっ?」

リポーターが驚いたように声を上げるので、何事かとコロナとクオータームーンの視線がそちらに向かう。リポーターは思案しながらも思い切って口を開く。

『 感動の場面に水を指すようで申し訳ないのですが、やはりワイドショーのリポーターとしては突っ込まざるを得ません』
「?」
『 ベストジーニストさんの熱愛相手について、何か思うところはありますか?』
「えっ?」

何故このタイミングでベストジーニスト?っと困惑するを余所に、狼狽えるのはクオータームーンだった。コロナに向けられたマイクを引っ掴み、前のめりになって発言する。

「あの!良い機会なので言わせて頂きたいんですが、あの記事は誤報で・・・私、ジーニストさんとお付き合いなんてしていません!」
「・・・?!」

どうやら隣のクオータームーンこそ数日前にベストジーニストと噂になった相手のようだった。詰め寄るリポーターに対して必死の形相で関係を否定している。

「コロナさん、本当に誤解なの。信じてね・・・!」

何故か懇願するようにコロナを見つめるクオータームーンに、コロナは狼狽える。

「え・・・いや・・・・・・私に言われても?」

何とも間抜けな返答をし、見かねたアイアンケージの「もう良いだろう。傷の手当をしなくては」という鶴の一声よって引き摺り出される形でインタビューは終了した。
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