束縛命令 2  




「幸せに出来るって何よ?!質問の答えになってねぇし言われた記者もびっくりだわ!」

そう言って上鳴はジョッキに残っていたビールを煽り、ドン!とテーブルに勢いよく叩きつけた。 「上鳴くん、飲みすぎてない?大丈夫?」と烏龍茶を差し出す緑谷くんの手を押し戻し、正面に座っていた私のジンジャーハイにまで手をつける。

「ちょっと!私の!」
「飲み放なんだしまた頼めばいいじゃん?俺今無性にジンジャーハイな気分」
「もー!酔っ払いめ!!」

早めに集合した男子達は0次会なるものを開催したようで、私が到着した時には上鳴、切島くん、瀬呂くん、峰田くん、そしてショートまでもが出来上がっていた。遅れての参加でほぼシラフの私は、陽気すぎる空気についていくにはテンションが足りない。隣の切島くんから、誰が頼んだのか分からなくなり余っていた梅酒が回ってきたので、ありがたく頂いておいた。


「CMでと絡んだからって調子乗んなや轟よおおお!」

真っ赤な顔でショートに詰め寄る峰田くんからは、もはや狂気すら感じる。

「あ!そうだった!私まだ見てないや!」
「そういや俺も!下着のCMだったよな?」

同級生の活躍を見かけたら、LIMEで感想を言い合うのが私たちの定番だった。また感想言うね〜と声をかけられて、私は苦虫を噛み潰したような表情しか向けることができない。


「出来れば見ないでほしい・・・・・・特に同級生には・・・・・・」


思い出して羞恥から頬が熱くなった。頬を抑えながらふと上鳴に目を向けると、バッチリと目が合った。瞬間に、ニヤリと笑みを向けられる。


「Triumphの公式サイトに載ってっから見てないやつ今から再生してみ?!」
「え、何それやめてよ!」
「全国放送で流れてんのに何を今更!諦めろって!」

至る所で動画の再生が始まった。私のすぐ隣で切島くんが再生を初めて、近くにいたお茶子と瀬呂くんが顔を寄せあって画面を見つめている。私は頑なに見るのを拒んで、目をつぶって耐えている。けれど、撮影現場で何度も聞いたBGMが聞こえてくると、嫌でもシーンが浮かんできてしまう。


キングサイズの天蓋付きベッドに横たわる私に、黒のシンプルなボクサーパンツを履いたショートが覆いかぶさる。ショートの上半身がアップで映されると、その下で顔を染める私の顔や、紺色に白と赤の花びらの刺繍が施されたブラジャーがはっきりと見える。鍛えられた身体にそっと触れる私の手を掴み、抑え込むと、デコルテに優しく口付けるショート。そして近づく2人の顔・・・・・・唇が触れ合う寸前に、ブランドロゴに切り替わり、製品名が流暢な英語で流される。


「お、大人だ・・・!!」
「いやいやいや!二人とも・・・何でこれ出演OKした??!!」
「マジか・・・、まじか・・・・・・」

顔を真っ赤にした切島くんの視線が痛くて、「だから見ないでって言ったのに!」と羞恥心で泣きそうになる。

「え、これAVの導入部?」
「ひ、ちょ、瀬呂くんそれはない!ひどい!」

もう1回見る、と悪ノリする切島くんからスマホを取り上げて「勘弁してよ!」と頬を膨らませると両手で挟まれて空気を抜かれた。

「何するの、酔っ払い!」
「いや、だって、さ〜アップん時の自分の顔ちゃんと見たか?あれはやべえわ」
グッとくる。と酔いの回った蕩けた目で低く呟くので、私はサッと切島くんから距離を取った。

「そ、そんなキャラじゃないでしょ!峰田くんみたいなこと言わないで!」

切島くんの奥では、響香や百ちゃん、透ちゃんの黄色い声が聞こえる。期間限定、時間帯限定のCMがまさか公式サイトで再生できるなんて・・・広報担当に任せきりで企画書を読むのを怠った自分を呪うしかない。あのマドンナがイメージガールを務めていたTriumphが、私にオファーを!?と舞い上がり過ぎていたのかも。





CMネタで絡まれているのはショートの方も同じようで、峰田くんがショートの襟元を掴んで揺さぶっている。

の乳にキスしやがってよ!轟の轟はガッチガチだったろおよおおおお」
「・・・・・・峰田、唾飛ぶからやめろ」
「少しは動じろよおおお!イケメン様はあんな絡み慣れっ子ってわけですかああ」

壮絶な絡み酒だった。隣の緑谷くんが「峰田くん、落ち着こう!」と引き剥がそうとするが、襟元を握り込む手から力が緩むことは無い。ショートも酔いが回っているので、鬱陶しそうな素振りを見せながらも振り払おうとはしていなかった。


「で!結局轟とは今どんな関係なわけ?」

酔いながらも飲み会の趣旨を忘れていなかった上鳴は、おしぼりをマイクに見立ててインタビュアーのように私の口元に寄せてくる。


「・・・・・・同じ事務所の同期で友達だよ」

思わせぶりなのは高校のときからでしょ?みんな1度は経験あるでしょ?とまくし立てれば、「うん、確かに・・・」と女子達は頷いてくれた。


「ほらよ、次!轟の番!」


今度はインタビュアー峰田くんがショートにおしぼりを向ける。ほんのりと赤く染まった顔で目をしぱしぱさせながら、ショートはぐっとおしぼりを掴んだ。


「CMん時は顔真っ赤でかわいかった」


は?、と峰田くんが反応するよりも、私がぎょっとして目を剥くよりも前に、
「ぎゅっと、俺の腰握るやつとか」
「ちょっと目え潤んでるとことか」
とショートが言葉を続けた。

まさかそんなことを言われるとは思わず・・・けれど、自分でも随分と蕩けた顔を見せていた自覚はあったので余計に恥ずかしくて、もう俯くしかない。

「素直か!このまま抱きてえとか思ってたんだろお、このむっつりめ!」
「・・・思った」
「おう??!!」

峰田くんの煽りにもあまりにも正直な反応を返すので、峰田くんの方が動揺しきっている。でもそれは私だって同じで、「お願いだからもう勘弁して・・・」と真っ赤な顔を持て余している。視界もぼやけてきて、ああ人って極限に恥ずかしいと泣けるんだ、と思った。


「轟ちゃん、酔うと素直になるのね。新鮮だわ」
「てゆーかやばない?それもう恋やん!」



みんなの視線が一斉に私に向いて、その全てが「お前はどうなんだ」と訴えかけてくる。私まだ別れて3ヶ月だし、確かにショートの言葉にはどきりとさせられるけど、これが恋なのかどうか、ショートのことが好きなのかどうか、自分の気持ちだって分からないけど、けど、けど、


「・・・シラフの時にきちんと言葉で言ってくれたら、考える」


「抱かれるのを?」
「違うから!」


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