束縛命令  




世間的に見ても、どうやら私はベストジーニストに捨てられた可哀想な女の子、という認識らしい。
別れた理由を知っている唯一の友達であるお茶子と梅雨ちゃんは“人の噂も七十五日!”と口癖のように唱えてくれるけれど、両親にまで心配されて事務所でも後輩達が気を使ってくれているのがひしひしと伝わり、なんとなく生きづらい毎日だった。


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今日は新作CMの発表会で、同じCMに出ているショートと一緒に簡単な囲み取材を受けることになっていた。マスコミの格好の餌食となる場であることは分かっていたけれど、憧れのマドンナを目指す私にとっては、大切なアピールの場なのである。仮病で欠席だなんで、小ズルいことはしたくなかった。

「この会社、よく私を起用してくれたと思わない?」

男に捨てられた憐れな女だよ?と同じ控え室で待機するショートに話しかければ、発言の意図が分からないといった表情で首を傾げていた。

「?が可愛いくて人気高ぇからだろ」
「う、おおお・・・・そう来るか」
「なんだ?緊張してんのか?」
「いや、ううん、大丈夫」

轟くん、今のは半端ないわ!とよく口にしていた高校時代を思い出してふっと小さく笑った。報道に惑わされずいつも通りに接してくれる友人が近くにいてくれるというのは心強いものである。

30分かけてヘアメイクを施してもらい、取材会場である舞台に立つ。事前資料には10社ほどの囲み取材と書かれていたが、ざっと見る限り50社は超えている。隙あらばベストジーニストとの騒動を聞き出そうと企んだワイドショー各社が加わったのだと思う。


“お二人が共演されるのは初めてですよね。共演された感想を教えてください。まずはコロナさんから”

「とにかく恥ずかしかったです。この一言に尽きますね。撮影の前日の夜は緊張で眠れませんでしたもん。台本を読んだ時の衝撃は一生忘れません」

“ショートさんはいかがでしたか”

とはいつも現場で」
「ちょっと!ヒーローネーム!」
「あー・・・悪ぃ。コロナとはよく同じ現場に派遣されるので、まあ、普段通りに・・・・・・」
「・・・すみません、以上みたいです」

“ありがとうござました。今回CMでお二人は恋人同士という役どころですが、演じてみていかがでしたか?次はショートさんからお願いします”

「・・・後ろからのショットだけだったので、楽でした」

はははは!と撮影ブースが笑い声に包まれた。言った本人は何故笑われたのか理解出来ていないようだけれど。 おいおいおい、適当すぎるでしょうよ!と突っ込むことはできず、控えめに笑っておいた。

“では続いてさん、お願いします”

「私はずっと正面から撮影されていたので、表情には気を使いました。愛しさ100%の表情で!との抽象的な指示に戸惑いましたが、ふふ、要望にお応えできていたようで、監督に早い段階でOKを貰えたのにはホッとしました」

“ありがとうございました。では最後に商品のPRをお二人でお願いします”

「素材も柔らかくて、機動性、吸水性に優れているので、私はヒーロー活動時のアンダーウェアとして使っていこうと思いました。デザインのバリエーションも豊富で、ヒーローのあなたも、日常使いのあなたも!きっと気に入る1枚が見つかると思います!」
「あー・・・期間限定バージョンも発売されるので、是非、チェックしてみてください、ね」

ショートの棒読み具合が面白くて、あははと笑うと、恥ずかしそうに目を逸らされた。この表情!絶対カットされずに放送されるやつ!
控え室にお戻りください〜と案内に従い歩いていると、案の定というか、このタイミングを狙って下世話な質問が飛び交う。

「コロナさん!ベストジーニストさんに熱愛報道が出ましたが、何がコメントはありますか!」
「このCMを見たベストジーニストさんは、どんな反応をされると思いますか!!」
「愛しさ100%の表情は、もちろんベストジーニストさんにも向けられていたものですよね?!」

最低か!と顔が歪みそうになる。今の私は、敬愛するマドンナのように無敵の笑顔を浮かべられているだろうか。ふつふつと沸き立つ負の感情を抑えて、ああでも、一言物申してやりたい。振り向いて飛びっきりの笑顔で答えてやろうと思い足を止めた私を、隣にいたショートが力任せに押し出した。突き飛ばされた格好となり、舞台袖に飛び込んでしまった。転びはしなかったものの、不安定な高いヒールのせいで案内係の方を突き飛ばしかけた。

「ちょっとショー・・・ト・・・?」

振り向くと、何故かショートは未だ舞台の上で眩しいほどのフラッシュを浴びていた。

「突き飛ばして悪かった」

数分後に何食わぬ顔で舞台袖に下がってきたショートはあんなの気にすんな、と私の頭を撫でた。

「や、私のことは良いんだけど、ショートこそ大丈夫?めっちゃ撮影されてたけど」

「大丈夫じゃねぇ、目がチカチカする」
え、そっち?


▲▼


翌日。オフを貰っていた私は、優雅にクロワッサンを食べながらたまたまけ点けていた朝のニュースエンタメコーナーの内容に衝撃を受けることになる。



「…俺なら、幸せに出来ると思います」



LIMEの新着メッセージを告げる着信音が鳴り止まない。みんな待って、私が1番驚いてるから!

“なにこれーーーーーーーーーー!朝のワイドショーやばいんだけど!!!!!”
“轟くん??!!”
“ちょ、マジなんなん!!今夜集合な!明日仕事のやつも緊急招集な!”
“いつもんとこ予約しとくぜ!”
“切島くん出来る男!”
“張本人共!!!ぜっっったい来いよ!!!!!”
“お二人ってそういう関係ですの?”
“黙りすんなよ!既読着いてんの分かってんだぞ!!轟イイイイイ!!!”


「そんなの私が聞きたいんだけど・・・!」

文字を打つ勇気はなくて、まあ落ち着け、とプラカードを持つトカゲのスタンプをひとつ送っておいた。途端鬼のように増えていくメッセージ数が怖くて、通知オフという荒業に出た。齧り掛けのパンもそのままにのそのそとベッドに戻る。とりあえず、二度寝します。




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