楽園情動  






爆豪勝己は夢を見ていた。
ぴくりぴくりと瞼が痙攣し、もぞもぞと足が動いている。


・・・


顔見知り程度のB組の女の子を部屋に呼び出し、思い切り腕を引いてベッドに放り投げ、上からのしかかる。

「えっ、爆豪くん?」
「うるせぇ、黙ってろ」
「そんなこと言っ・・・・・・ん、」


話し途中の彼女の口を爆豪のそれで塞げば、むぐ、とくぐもった声が聞こえる。それと同時に女の手が拒絶するように爆豪の胸元を押す。爆豪の舌が歯茎をなどる動きに合わせて手に力が入るのが分かったが、男と女の力の差は歴然で、女の全力でも爆豪はビクともしない。

「・・・好きだ、・・・・・・っ好きだ・・・!」

息継ぎの合間に、爆豪は苦しそうにそう漏らす。うわ言のように何度も何度も。女は次第に爆豪を押していた手の力を緩め、観念したように抵抗をやめた。

「ばくご、くん・・・」

そんな目で見んな。そう言いたくなるほど蕩けた目だった。ぞくりと爆豪の身体を駆け巡る言いようのない感覚は、脚の付け根を熱くする。
堪らずに目の前の白いうなじに舌を這わせれば、爆豪の下で女の腰がぴくりと動く。ぷつりと爆豪の中で何かが弾けた。


・・・


「・・・・・・!!??」


がばっと跳ね起きた爆豪は、どくどくと脈打つ心臓と存在を主張する下腹部にぎょっとする。
B組の・・・
数回しか顔を合わせたことも会話したこともないような女がなぜ夢に出てくる・・・?体育祭の前々日、コンディションを整えなければならないというのに、こんなことで深夜に目を覚ましてどうする・・・!
大体、いつもは夢の内容など起きるとすっかり忘れているというのに、今日の夢は細部までハッキリと思い出せるのだから質が悪い。

好きだ好きだ、と縋るような声を出していた自分を思い出して羞恥に震える。

「・・・・・・・・・」

無意識のうちに声に出してしまい、はっと口元を抑える。夢で何回も口に出すうちに呼び慣れてしまったのか、するりと馴染んでくるその音にも嫌気がさす。

何だってんだよ。くそっ

目を閉じれば夢の続きが無意識に浮かんできてしまい、睡眠をとるどころではない。顔を洗っても頭から水を被っても、夢の内容は変わらない。結局朝が来るまで一睡も出来ず、爆豪は悶々と眠れぬ夜を過ごした。


▲▼


、ちゃんと爆豪に使ったんだろうね」

挨拶よりも先に。少し声を潜めて、心底楽しそうに物間くんはそう口にした。

「・・・うん」

歯切れの悪いわたしにイラついたのか、乱暴に椅子を引きわたしの隣の席に腰掛ける。足を組んで頬杖をつく姿は黙っていればかなりのイケメンだ。

「どんな夢見せたの」
「・・・爆豪くんが眠れなくなるように、刺激の強い夢って言ったのは物間くんでしょう」
「そうだけど、具体的には」
「何が刺激的かは人それぞれだし。わたしはそこまで操れるわけじゃないよ」


私の個性は“夢魔” 名前だけ聞くと女型の悪魔を連想させ、男の精を食料に生きる下品極まりない個性だと勘違いされそうだが、実際は母の“魅力”の個性と父の“操夢”の個性の複合個性であり、相手の嫌がる夢を見せたり、精気というか活力を吸い取ることが出来る能力であると言える。
わたしは幼なじみである物間くんに頼まれて、体育祭で優位に立つために爆豪くんに悪夢を見せたのだ。実際に爆豪くんがどんな夢を見たのかは分からないので睡眠を邪魔出来たかどうかは謎だけど。

「ふうん、ま、いいよ。今日もしっかりね」
「えっ・・・?流石に前日までは可哀想だよ。ズルせず正々堂々戦うのがヒーローだもん」
昨日は罠にかけたくせにどの口が・・・と自分でも思ったが、物間くんに指摘されなかったので良しとする。

「正々堂々ねえ。僕はともかく、君、その個性で体育祭で勝ち進めると思ってるんだ、へぇ〜」

痛いところを突かれて押し黙った。そう、わたしの個性はあまり実践には向かない上にコントロールも上手くない。よく雄英に合格したね、と物間くんから何回言われたか分からないほどだ。 今のところ、活力を吸い取ることが唯一の戦い方だけど・・・経口摂取しか出来ないため、全国放送される体育祭で披露するのは憚られる。

「大体、体育祭で活力吸うのはまずいって言ってるけどさ」
物間くんが鋭さを増している。
「今のままだと、プロになっても痴女扱い確定だよね。ヴィランにキスするの?」
「・・・!」
「は、考えなしだよねえほんと。って雄英の試験も奇跡的に救出ポイントで受かったようなもんだろ?能天気に正々堂々戦うとかどの口がって感じだよね」

ぐさっぐさっ。物凄いスピードで的確にわたしの痛いところをついてくる物間くんは攻撃力抜群だった。

「・・・今日“も”使うんだよ、分かった?」

あまりの迫力に頷いてしまいそうになったけど、そもそも爆豪くんのようなトップ争いをする人が寝不足で順位を落としたとしても、底辺争いのわたしには全く関係ない気がする。その事を恐る恐る伝えてみると、物間くんははあ?と顔を歪めて一言。

「僕は、助かるんだよ、僕は。・・・自分のためだと思ってたんだ?おめでたいね」
「ええ・・・」

物間くんは昔からこんな感じで、わたしは彼に逆らえない。わたしの個性をコピーした物間くんに、強烈な悪夢を見せられたことは一生消えないわたしのトラウマである。

「・・・B組がなめられるのはだって嫌だろ?」

ううっ。わたしからすれば物間くんの方が悪魔だよ。


▲▼


放課後になって、「見てるからね」と物間くんに釘を刺されたわたしは、渋々爆豪くんを探しにA組の前を行ったり来たりしていた。

「B組の子やんね?誰かに用事なら呼ぶよ?」
「ありがとうっ、あの、爆豪くん居ますか?」
「えっ!意外や・・・爆豪くんか・・・」

ちょっと待っとって、とわざわざ教室の中に探しに戻ってくれた。や、やさしい・・・確か、麗日さんだったかな。クラスメイトに手をかけようとしてるわたしなのに・・・と罪悪感が募ってしまう。

「ごめん、もう帰っとるみたい・・・!まだそんな経ってないから、その辺にいるかも」
「そ、そうなんだ。ありがとう、探してみるね」

ぺこぺこと何度もお辞儀をして、廊下を走った。居ないなら仕方ないよね?もう見つける気はなかったけれど、ひたひたと後ろを着いてくる物間くんの手前簡単に諦める素振りを見せることはできない。
パタパタと足音を響かせながら階段を下り、昇降口にでる。

・・・まじか。・・・いる。爆豪くん、いる・・・

バタン、と乱暴に靴箱を閉める爆豪くんと目が合ってぎょっとした。ぎろ、っと睨まれたかと思うとさっと踵を返してしまう爆豪くんを慌てて呼び止める。

「あの、爆豪くん」
「あ?・・・気安く呼ぶなや」

やばい、物間くんより断然怖い。ぴしりと石化したように身体が動かない。
わたしが個性を使うには、肌と肌が触れ合わないといけない。
前回個性を使った時は、食堂の人混みに紛れてどうにか…って感じだったのに、こんなところで向かい合ってわたしに何が出来る?

「・・・・・・チッ」
舌打ちを残して去ろうとする爆豪くんに慌てて駆け寄る。

「あの!」
爆豪くんの手を両手でぎゅっと握りしめ、しっかりと目を見つめる。驚いたように目を見開いた爆豪くんは不思議なことにすぐには手を振り払わなかった。

「明日の体育祭、頑張ってね!B組だけど・・・爆豪くんのこと、応援してます・・・!」

ぎゅっと更に力を込めると、いつもの表情に戻った爆豪くんに振り払われた。

「…ッ、して要らんわ!お前に言われなくとも優勝するわ!!」

鼓膜にびりびりくるほどの大声だった。
爆破されるかも?と身構えてぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。
「何してんの、もう行ったよ」と物間くんに声をかけられるまでずっと。

「良くやったよ。明日が楽しみだね」

物間くんはニヤニヤが止まらない!という表情をしている。

「うん・・・」

わたしは確かに個性を使った。

けれど、ぎゅっと爆豪くんの手を握った時のざらざらとした感触と所々皮が剥けて痛そうなその見た目に“ああ爆豪くんみたいな人でもこんなになるまで個性の訓練してるんだなあ” “こんな真剣な人の邪魔、したくないなあ”と思ってしまい。

思わず、明日が最高のコンディションになるよう安眠できますように、と念じてしまったのだ。

後ろで高笑いする物間くんに話を合わせながら、これでよかったんだとなんだかとっても良い気分になった。

翌日、見事に爆豪くんは体育祭優勝を果たし、物間くんからねちねちと嫌味を言われ泣かされたのはまた別のお話。

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