一本道の迷路  




子供の頃、母が毎月購入していたファッション雑誌にたまたま載っていた“みんなの憧れ!ヒーローの私生活大特集”は、私の人生設計に大きな影響をもたらした。
トップページで特集されていたヒーローは、子供の私が見ても上品で、艶やかで、ほんの少しだけ口角を上げた微笑みも、歯を見せるぐらい大きく口を開いた少し子供っぽい満面の笑みも、サングラスでクールに決める姿も、どれをとっても美しかった。
次に目を奪われたのは、彼女の私生活を彩る品々。デパートで大人買いしたというコスメは、高級ブランドで揃えられていたし、そのコスメを収納するポーチも、バッグも財布も、服も、靴も、身につけるアクセサリーもどれも所謂ハイブランドというもので、きらきらと輝いて見えた。

(私もトップヒーローになってこんなキラキラした生活がしたい!)

浅はか!欲にまみれた志望理由!と雄英の気の置けない友達には辛辣に突っ込まれたが、私の思いはブレなかった。


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雄英高校を卒業して早5年。元彼と別れて1週間が経った日。
月に数回女子会をする仲である元クラスメイトたちは、私の部屋のクローゼットを見て口を開いた。

「これ全部貢物?!」
「さすがね、ベストジーニストさん」

お茶子と梅雨ちゃんが目を真ん丸にしてクローゼットを漁っている。口々に零れる失礼な感想は聞き捨てならない。

「どんな悪女!貢がれてないから!プレゼントだから!」
「ここの段全部バーキンや・・・この靴は裏がピンクやからルブタンやし、こ、これ、カ・・・カルティエえええ!」
ちゃんの有言実行具合が半端ない!とお茶子ちゃんは続いて手に取ったサングラスのロゴを見ながら感嘆の声を上げた。

「別れてから使えずにクローゼットに入れたままにしてるのね」

梅雨ちゃんは鋭い。私は観念したように「そうなの・・・」と零す。

「返すとは言ったんだけど、捨ててくれって言われて。こんなキラキラしたもの捨てるなんて出来ないじゃん?響香には売れば?って言われたけどそれも捨てるのと同義だし・・・別れた人からのプレゼントをずっと使うっていうのも気が引けるし・・・」
「捨ててくれってすごいな!全然みみっちくない」
「それにしてもベストジーニストさんと別れるなんて、驚きだったわ。てっきり結婚まで行くものと思ってたもの私」
「本当にね。私も結婚すると思ってたし、婚約指輪のお強請りもしてたんだけど・・・」
ちゃん・・・・・・」

結婚したらヒーローは辞めて、僕の事務所の事務をしてくれないか。私の婚約指輪の要望をメモに書き留めながら、維さんはさらりとそう言ってのけた。
「え?」と聞き返す私に、「ん?」と微笑む維さんを見て、漠然と、このまま結婚したら将来後悔する、と思ってしまった。
私の夢はキラキラした生活を送ることだけど、それは人を救うヒーローであることが大前提だった。ただブランド品に溺れる女であれば、人々の反感を買うだけ。
不意に、昔読んだ雑誌の一文を思い出した。私の憧れるマドンナは、自分の持ち物の紹介を一通り終えたあとで、こう文を締めくくっていた。

“背伸びして買ったものばかりなんだけどね(笑)身につけていると私は頑張ってる!と強く思えるし、もっと頑張ろう!とも思える。ブランド好きの女なんて、と毛嫌いする人ももちろん居るだろうけど、私はヒーローとしてキラキラした人生を歩むって事が幼い頃からの夢だった。私の手で人々を救い、私の手で自分も幸せにする。少しずつだけど叶っていくのが今はとっても嬉しい!”

その文に添えられた写真の中で、マドンナは世界で1番じゃないかと思うほど美しく笑っていた。


「・・・というわけで、なんか、我に返ったと言うか、ね。もう、恥ずかしいからさ、クローゼットは閉じて飲もうよ!奮発して高いワインも買ってみたから!」


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“ついに破局!ベストジーニスト コロナ”

仲良く手繋ぎデートをしている写真の背景に、割れたハートのイラストを合成されたその記事を、びりびりに破ったのはもう3ヶ月ほど前のことだった。所属するエンデヴァー事務所はあまりプライベートには口出ししてこないので、週刊誌は何の圧力をかけられることもなく嬉嬉としてこの記事を世に放ったのだ。コンビニで見かけたその記事を見て呆気に取られ、思わず購入してしまったあの日のことは一生忘れないだろう。
週刊誌は早々に売り切れ、重版されたそうで。破局はあっという間に世に知られることとなり、雄英のクラスメイトからは個別にLIMEが来てスマホは鳴りっぱなしだった。気を使っての個別LIMEなんだろうけど、返信が面倒でクラスのグループLIMEに“心配ありがとう!めっちゃ元気!また飲みに行こう!みんな大好きだ!”とだけ送った。
“男前すぎるだろ!俺の慰め長文メールスルーかよ!”と上鳴が茶化してくれたおかげで、私の破局はもはやネタとして扱われている。飲み会の度に言われるのが面倒なところだけど。

でも、実は・・・まだ誰にも言ってないのだけれど、あまりにも珍しかったので思わず個別に返信してしまった人が1人だけ居る。爆豪くんだ。

“振られたんか。”

なんて直球なんだと思わず笑ってしまった。

“記事見たの?ご想像にお任せします”

流石に別れの詳細を言いふらす気にはなれず、イマジンしちゃいな!と腹の立つ顔で笑う猫のスタンプも一緒に送り付けた。スルーされるかと思いきや、意外にもすぐに返信が来た。

“あ?調子のんなや!!”
“ごめんごめん、怒らないでって!心配してくれてるんでしょ?ありがと”
“キメェ!勘違いすんなやクソサウナ女!”
“サウナ女!懐かしくてほっこりした”
“ブス!モブ!クソサウナ女!破局女!”
“ひどすぎ(笑)口悪すぎ(笑)”

こんな感じで中身のないやり取りが、驚くべきことに3ヶ月間途切れずに続いているのだ。罵られ続けている筈なのに、仕事の合間にスマートフォンをチェックするのが楽しみになっているのだから私は変態なのかもしれない。


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「あ、ショート!お疲れ!」

事務所の休憩室で会ったショートは、私がエンデヴァー事務所に就職したこともあり、最も接点のある同級生となった。

「その・・・元気か?」
「え?怪我なんてしてないよ?」

ハッキリとしないショートは珍しい。モゴモゴと言い淀む姿に首を傾げながらも、彼が後ろ手に何か隠していることに気付く。

「何持ってるの?見せて」

ん、と手を差し出して催促すれば、戸惑いながら丸まった雑誌が1冊手渡された。

「巻頭の、特集・・・・・・」

言われた通りページを捲れば、夜の街を歩く姿を隠し撮りされた男女の写真が見開きで大きく掲載されていた。

“ベストジーニスト サイドキックと熱愛”

絡まった2人の腕は、親密な関係を思わせた。嫉妬・・・ではないと思うけれど、あまり良い気がしないのが正直なところ。ハッとして発売元の会社を見れば、私たちの破局をすっぱ抜いた会社であり、対策の甘い維さんにイラッとする。

「見せない方が良かったか・・・?」

眉間のしわ、すごいことになってる。とショートが私の顔を覗き込んでくる。雑誌から視線を上げると、近すぎるショートと目が合って反射的に拙い笑顔を向けた。

「ううん、早めに分かってよかった。ヒーローインタビューの対策が出来るしね」
「なら、よかった。迷ったんだ・・・俺、あんまこういう話分かんねェから」

頬を掻きながら少しだけ眉を下げるショートは可愛かった。ヒーローになってから全くスキャンダルのない優等生は、これだから大人気なんだろうなあ。

「にしても・・・次作るの早すぎると思わない?」

そこがちょっとだけムカつく!と本音を零せば、ショートは思う、とまたまた可愛く返してくれた。

と別れるなんてバカな男だな」
「!」
「俺だったら絶対ェ幸せにするのに」
「!」

これが学生時代の彼だったら、“轟くん、思わせぶりすぎる発言は禁止です”と軽く対応できたのに、私の目を見て耳を赤くするショートに対して、私は即座に反応できなかった。私が振られたと思っているんだろうなあ、と誤解を解きたい気持ちはあったけれど、きっと今言うことじゃない。

「・・・・・・ありがとう、焦凍」

ヒーロー名で呼ぶ時と区別して発音した私の言葉に、彼は気づけただろうか。 0729
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