海鳴りに恋をしたように  




「ってめえ、死にてぇのか!」

キッドの怒声が船のダイニングに響く。びくりと肩を震わせて、多くのクルーは動きを止めた。キラーも、キッドのすぐ傍で静かに事の行く末を見守っていた。キッドが怒りに呑まれたときはその場を押さえるのがキラーの常であるのに、今回ばかりはキラーもキッドの言うことはもっともだと思ったのだ。


「死ぬ気はなかったの。出来ると思っただけ」
「1人で飛び込んで何が出来たってんだ、ああ!?」

キッドのあまりの剣幕に、いつもならああだこうだと抵抗できるはずの達者なの口は何も紡げなくなっている。その証拠に、キッドが怒鳴る度に珍しく肩をびくびくと震わせていた。

「私だって能力者だから…役に立ちたかったの」
「死にかけておきながら何が能力者だから、だ。おれァお前の死体回収係なんて御免だぜ、死ぬなら誰もみてねぇとこで勝手に死にやがれ」
「おいキッド!」

さすがに言い過ぎだと感じたのか、キラーがキッドを諌めるように声を被せた。
無能呼ばわりされたは、唇を血が噛み切ってしまうのではないかと思うほど噛みしめて、目から大粒の涙を流した。そんなを見ても、キッドの怒りは収まらないらしく、が両手に嵌めている金属製のバングルを自らの能力で引き寄せた。あまりの磁力に、は踏ん張りも虚しくキッドの前に吊るしあげられる。

「しばらくは風呂も飯も抜きだ。しっかり反省しろこのクソ女」

反論する間もなく、はキッドの能力で吹き飛ばされた。容赦なく能力を使うキッドは、が家具や柱にぶつかろうともお構いなしで、奥の窓もない物置部屋にを突っ込ませると、ガタガタと恐らくが物置き部屋に収納してあった荷物に激しくぶつかったのであろう音を聞いて、満足げにドアを閉めた。ドアは金属製で、キッドは遠くからでも能力を使ってそのドアを締め、また施錠することもできた。

「お前ら、優しくすんじゃねぇぞ」

キッドが言い残した言葉に、クル―はこくこくと頷き、キラーは頭を抱えた。


***


窓もなにもない。長年の航海で湿気がきてたわんだ木の隙間から、少しばかりの太陽の光が入ってくるだけの部屋。その部屋の中で、は足を抱えてこの2年を静かに振りかえっていた。

シャボンディ諸島でバーソロミューくまに殺されかけ、寸でのところをキッドとキラーに助けられたは、元々は麦わらの一味だった。他のクルーのようにくまの手で消されることなくキッドの手で助けられ、そのまま一味に迎えられたは最初こそ絶望を感じたが、扱いは決して悪いものではなく、いちクルーとして何不自由ない生活を送っていた。けれど、新聞に載ったルフィからの「2年後に」というメッセージを見て、居心地の良かったサニー号での生活に思いを馳せてしまった。どうにかしてこの船を抜け出さなければならないと焦ってしまったばかりに、あそこまでキッドを怒らせてしまった。

一人で勝てる相手だった。そしてそのまま、船を奪って全速力で逃げてしまおうという作戦だったのだ。ログを貯める為に立ち寄った島で、丁度良い船を見つけ、みんなが寝静まった後でこっそりと襲撃をしかける予定だったのに。
たまたま最近一味に入ったばかりの新米クルーに見つかってしまい、弓のマークの海賊団(正式な名前は知らない)とキッド海賊団総出での戦いに発展してしまったのだ。

もう時間がない。ここからシャボンディ諸島までは2週間はかかるだろう。約束の日まで、あと1ヶ月。こんな狭い部屋に閉じ込められて、どうやってみんなと合流すれば良いのか。とても平常心ではいられなかった。
そもそもにキッド達を裏切ることに対しての罪悪感がないわけではないから、思いっきり怒られたことと麦わらの一味への思いと申し訳なさとで胸がぎゅっとつままれる思いだった。

「っ……ごめんなさい……」

嗚咽と嗚咽の間では誰に対してか分からない謝罪の言葉を呟いた。その途端、固く閉ざされていたはずの物置きのドアが開き、眩しい程の光が差し込んだ。思わず手で目を覆う。一体誰がドアを開けたのか、未だ目を明けられないはドアの前に立っている人物を確認できなかったが、ふわりと自分の身体が浮いたことでその人物を特定し、怯えからかきゅっと小さく身体を抱えた。

「…反省したか」

思いのほか優しい声がして、は目を閉じたまま声がした方へと顔を向けた。

「ごめんなさい、キッドさん」

の身体に、キッドが触れた。磁力で浮かされていた時とは違う浮遊感に、は自分がキッドに抱き上げられているのだと理解した。
きゅっ、とキッドの首元に抱きつきながら、は麦わら一味とキッド海賊団との間での苦悩が更に深くなっていくのを感じた。

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