愛してるのアナグラム  




「ね、美味しい?これはね、クモワシの卵の黄身で作ったソースを鼈甲蟹のステーキにかけてあるの。でね、こっちはキッシュ・ロレーヌ!」 生クリームも卵も私が捕ってきた最高級品!


久々にイルミが家にやってきた。はイルミを喜ばせようと腕を奮って料理を作り、ハグと共にイルミを出迎えた。どれも美食ハンターであるが直々に食材調達をし、調理した超一級品である。もちろん、味も保証済み。五つ星レストランのメニューに並んでもおかしくない程のものである。
は久しぶりにイルミが来てくれたこと、そして自分の作った料理を食べていることが嬉しくて上機嫌だ。これはそれはと全ての料理の食材と調理方法を説明している。


「で、どうですか、お味は!?」
「ん、毒が入ってないから物足りないけど。まあいいんじゃない」

ぴくり。のこめかみが反応する。

「……まあいいんじゃないって、何それ。毒さえ入ってれば味なんてどうでもいいって聞こえるんだけど」
「まあね。だって食事は毒に耐性を付ける為の1つの手段に過ぎないわけで、毒抜き料理を食べることなんて俺にとっては無意味な行為だし。俺には分からないけど、ま、美味しいんじゃないの、だって、プロだろ」


気の利いた言葉ひとつ言えないのがイルミ=ゾルディックこの人だ。
は料理というカテゴリーに属するものに関わると、途端に短気になってしまう。今回も例に漏れず、愛想のないイルミの言葉に怒り心頭。

「ああそう。毒ね。なら、これ、これがおすすめ!」

そう言ってが棚から取り出したのは、劇薬として知られるニセマンドラゴラ草から抽出したエキス。食べれば内臓が爛れて死に至るらしい。
それを瓶が空っぽになるまで、つまり全部、料理の上にぶっかけた。 怒ったは怖いものなし。


「ほら、好きな味になったんじゃない?刺激的?」
「素人が知識もなく毒を料理に使うのはやめた方がいいと思うよ。俺には効かないけど、分量間違えれば耐性どころか即死だしね。これは明らかにかけ過ぎだよ」
「分かっててかけたのよ!」


イルミがあまりにもパクパク食べるものだから、流石のも心配になる。自分がかけたにも関わらず。 なんてったって、ニセマンドラゴラ草。


「ね、料理を粗末にするのは好きじゃないけど…食べるの、やめたら?」
「なんで?最初より俺はこっちの方が好きだけど」
「……!」


プッツンしてしまったは、「勝手にしろ」とドスの効いた声で捨て台詞を残し手近にあったコップを叩き割って家を飛び出した。 当然イルミは追いかけてこない。 しびれを切らしたが苦い顔をして家に戻った時には、もうイルミの姿は消えていた。 食卓の上に料理は残っていなかった。完食してから帰ったらしい。またこれがの怒りを煽った。








それからというもの、は携帯を手に取っては投げ、拾っては投げの繰り返しの日々だった。要するに、イルミに連絡をするかどうかを迷っているのだ。 イルミが謝るわけがない。長年の付き合いでそんなことは重々承知している。怒りが薄れてくる頃になると、いつもはどうやって折れようかということを考え始めるのだ。


けれど今回に至っては違ったようで。 今、の目の前にはイルミが居る。


「どの面下げて会いにきたわけ!?私怒ってるの。それもかなり」
「なんで?ちゃんと料理は最後まで食べたけど」


事前連絡もなしで突然現れたイルミに、は怒りをぶつけた。本当はもうここまで怒ってはいないのだけど、少しばかり大げさに言ってみる。 案の定というかやっぱりと言うか。イルミの返答はの怒りとはどこかずれている。人の気持ちを汲み取るのが下手すぎるのだ。


「で、何、用件は?」
「うん、これを渡しにきた」


イルミから渡されたのは、何やら分厚い紙束。 ペラペラと捲れば、あらゆる毒の情報が印刷されたものだと分かる。


「何これ。悪いけど私の調味料に毒は入ってないの。食べた人が幸せになる料理を作るのが私の信条。人殺し料理なんて作るものですか」
「それ、俺用だから。一応俺の家の機密事項だから、誰にも漏らさないで。あと、この前の毒、あれすごい良かったからうちの毒師に薦めといた。母さんも褒めてたよ」
「え……」


やはり惚れた弱み。俺用と言われれば心が躍るし、母さんが褒めていた、と家族ネタを出されればドキリとするものだ。

「美食ハンターだからって敬遠されてたけど、もう大丈夫だと思う。の暗殺依頼が来ても受けないってことになったし。よかったね、俺と結婚できるよ」

美食ハンターの何が悪いのよ。よかったね、ってなんて上から目線なの。 言葉のひとつひとつに文句を言ってやりたいところだが、「う……え……」と興奮して言葉にならない。


「あ、そうそう。言っておかなくちゃいけないことがあったんだった」

正式なプロポーズなのでは、と心を躍らせるにイルミが言う。

「俺、ハンター試験受かったから。言ってなかったよね?」
「・・・っ、聞いた、この前友達に聞いたから」
「ああそう、ん、何怒ってるの」
「他に!何かあるでしょ、私に言わなきゃならないことが、ううん、私に聞かなきゃいけないことが」
「?」



もういいよ、とは匙を投げた。
いつだってそう。が望む時にが欲しい言葉をくれることはまずない。けれど、が考えてもみないことを平気でやってのけたりもする。
結婚、かあ。
赤みが引かない顔と照れ笑いを隠しながら、はイルミに抱きついた。 空気の読めないイルミに、「動きにくい」と剥がされたが、が怒ることはなかった。
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