あなたのかける魔法がいっとう美しいので  




私の嫌いなこと。1人でぼんやりと過ごすこと。ホウ徳様のお仕事中はいつもこうだ。
女中達に話相手になってもらおうかとも思ったけれど、屋敷中を慌ただしく行き来している彼女たちを引きとめるのは忍びない。
私はと言えば、暇を持て余し縁側で足をぷらぷらさせながら、殺風景な庭を眺めていた。 箱入り娘で家事をこなしたことがなかった私を心配して、ホウ徳様雇った数名の女中が家の中の仕事を一手に引き受けてくれているお陰で何もすることがないのだ。
外に出ることはホウ徳様に固く禁じられているし。

ふと、昔、市井で知り合った女の話を思い出した。お嫁に来る前は、御付きの者を一人連れていれば好きなときに城下に行くことが出来たのになあと比較的自由だったあの頃を懐かしく思う。
市井に住む人々は、当然女中なんて雇わない。だから、妻が料理も洗濯も掃除も全て自分で行う。大変だとは思うけれど、少し、羨ましくも思う。私の作った料理を食べるホウ徳様。想像するだけで胸が熱くなる。私の大好きな笑顔で、「今日の料理もまこと美味であった」と言うのだ。なんて素敵なことだろう。
何度か試みたことはある。けれど、「偶には私も家事をしたい」と布巾を手にすれば、女中たちは慌てて私から布巾を奪う。「それは私達の仕事でございますから、」と。少々棘を孕んだ言葉は、仕事を取らないでと威嚇しているようにも聞こえた。仕事を奪う気などない。ただ、屋敷のお飾りにはなりたくないだけなのに。


花に興味はないけれど、日々の楽しみが欲しくてただなんとなく花の種を庭にこっそりと植えたことがあった。 女中達に話すと、「様がそんなことをなさらなくても…!!」と花の世話をとられてしまいそうで、私はこそこそと毎日水を与えた。花の種は、ホウ徳様が連れて行って下さったお花畑で拾ったものだった。だから、花が咲いたらホウ徳様は喜んでくれるだろうと思っていた。


「風が、冷たくなったわね」


ぷらぷらさせていた足が少し冷たくなったので、足を引っ込めた。
目の前の殺風景な庭には、その種が育てば咲くはずの黄色い花は咲いていない。その種は所謂雑草だったので(それでも、ホウ徳様を喜ばせるぐらい綺麗な花が咲くの)、庭師がやって来た時に引っこ抜いてしまったのだ。 今では土も綺麗に均されて、どこに水をあげていたのかも分からなくなっている。


様、そろそろホウ徳様がお帰りになられる時間です」


女中が「さ、早くご準備を」と急かすので私は慌てて部屋に入った。けれど、その日は仕事が忙しかったらしく、ホウ徳様はいつもより遅れての帰宅だった。お帰りなさいませ、と笑顔で迎えたけれど、ホウ徳様はじっと私の顔を覗き込んだ。 何かあったのか、と目敏く私の心を言い当てるので、笑顔が崩れそうになって慌てた。ホウ徳様を困らせたくないから、言わない。

「ふふ、ホウ徳様のお帰りが遅かったので、寂しかったのです。分かりますか?」
「………」

いつもなら表情を緩めてくれるはずなのに、ホウ徳様は困ったような微妙な表情を浮かべた。その表情は、隠される方が辛いと言っているようだ。変なところで鋭いお人。


「…寂しかったのももちろん本当です。ですが・・・実家での暮らしを思い出して少し…感傷に浸っておりました」


そこまで行ってホウ徳様のお顔を覗きこむと、案の定、曇った表情をしておられたので、慌てて言い直した。


「か、勘違いなさらないで下さいね。今の生活が嫌になったわけではないのです。ただ、昔は今のように全てを女中にやってもらっていたわけではなかったものですから…手持ち無沙汰な今の状況が少し寂しいというか…」

恵まれた生活なのに寂しいという言い分が我が儘で恥ずかしい。
伝わっただろうか、ともう一度お顔を覗きこめば、何だか嬉しそうな様子に、呆気に取られてしまう。

「あの、どうかなさいました?」
「いや…がそんな事を言うのは初めてなのでな。解決してやろうと思うのだが」


そう言うと、ホウ徳様はひょいと私を抱き上げた。えっ、えっ、えっ、とあたふたする私にホウ徳様がぽつりと呟いた。


「20になるまでは、と思っていたのだがな…」
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