次の約束  




「お願いします、お願いします、一生のお願いですから!!」
「一生のお願いってのは前回の休暇申請で使い果たしたでしょうよ。ダメったらダメ」
「そんなあ…青キジさんは、私に、故郷を見捨てた罪悪感を一生背負って生きていけと言うんですね…」

およよよよ、とわざとらしい嘘泣きをしたつもりだったけど、本物の涙が出てきてしまって頬を流れた。「え、えええ」と涙を流した張本人である私すら大いに驚いてしまった。青キジさんにも少なからず響いたようで、表情に焦りが見えた。勝気あり。

「誰も見捨てろなんて言ってないでしょうよ、近くの海軍支部が出動したって言ってたじゃない」
「あのアーロンですよ。まさかイーストブルーに居たなんて…アーロンを相手に出来る海兵が地方支部に居るとお思いですか!?」
「…そう言われてもねえ」

あと一押し。奇跡よ再び、と私は涙を流そうと古い記憶を遡った。私が幼い頃、3年間だけお世話になった温かい村、ゴサ。怖いけど優しい村長さん、家族のように優しく接してくれたみんな…そんな思い出の島で猛威を振るうアーロンをそのままにしておいても良いのか、いや、ダメだ!

「…冷静に考えてみなさいよ。本部の少将が、たかが2000万ベリーの小物海賊の為にグランドラインから遥々イーストブルーに下るなんてねえ…前代未聞よこれ」
「私は冷静です!大恩ある島なんですよ…本部の少将だからという理由で動けないなら、海軍を辞めたっていい。私は本気です、青キジさん」

上司相手に言い過ぎたか、と焦りもしたが、私の顔をじっと見て数秒間の沈黙の末に、青キジさんは「はー、こりゃダメだわ」とだるそうに溜息をつき、「1ヶ月で戻ってきなさい、こっちの仕事もあるんだから」と諦めたように言った。

「青キジさん…だいすき!」
「はいはい、お世辞は良いから早く行きなさい」

喜びのあまり青キジさんの首元に抱きつこうとしたけれど、身長差がありすぎて私のジャンプ力では青キジさんの胸元辺りが限界だった。結果として抱きつくつもりが胸元に思い切り頭突きをかましたような形になってしまい、予想外の顔面強打に「ぶきゃ」と情けない声か出た。全くグラつきもしない青キジさんは流石だった。

「行ってきます、絶対に1ヶ月で戻りますから!」

Dr.ベガパンクに特別に作ってもらった愛船に乗り込んで、自転車に跨る青キジさんに敬礼した。ゆるく青キジさんが手を振ったのを確認して、エンジンを全開にする。水しぶきを上げて、船は一気に加速、青キジさんの姿は見えなくなった。
イーストブルーでお土産買って帰らなきゃ。何か美味しいものあったかなあ、みんなに聞いてみよう。


▼▲


激しく水しぶきを上げて海岸寄り添うように船を停めた。2週間とちょっと、寝る間を惜しんでの全力航海の末、ようやくたどり着いた故郷からは、嗅ぎなれたオレンジの懐かしい匂いがした。喜び、それから不安とでどくんどくんと鼓動の音がいつもより大きく感じた。アーロンをぶっ飛ばして痛い目にあわせて、それから、ゲンさんに、みんなに謝らないと。海兵になっていながら、故郷の緊急事態に気づかず8年間も放置してしまった不甲斐ない私を、みんなは許してくれるかな。

乱暴にリュックに物を詰め込むと、すばやく船を降りた。今の私に、青キジさんと言い合ったときのような余裕はない。何人の人が亡くなったのか、今、村はどんな状態なのか。想像するだけで手が震えた。人の気配がする方へ向かう。途中、逆さになった家を見つけてぞわりと寒気が全身を走った。前方に明かりが見えて、私は殺気むんむんで飛び出した・・・のだけれど。


「え、え、えっ!?」


そこは、笑い声と乾杯の音で溢れていて、まさにお祭り騒ぎ。
アーロンの支配なんて影もないような、陽気な村人たちの姿。テーブルの上で踊るわ歌うわのドンチャン騒ぎ。 まさか誤報だったのか、それかイーストブルーの支部に魚人を倒せる程の腕利き海兵がいるのか。

「あの……このお祭り騒ぎは一体…?」
「ああ、アンタ余所者かい?良い時に来たね。たった今島を支配していたアーロンパークが落ちたんだ。今は自由を祝ってる。さ、アンタも飲みな!!」

強引にビールを口許に押し付けられて仕方なく2、3口・・・それから止まらずに半分ぐらい一気に飲んだ。航海で疲れ切った身体にビールが染みる・・・じゃなくて、違くて!

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!アーロンが倒されたって一体誰が…?」
「ふふ、そこで騒いでる彼らだよ。島のヒーローさ!」

指さされた方を見れば、赤いベストに麦わら帽子をかぶった少年が居た。口いっぱいに肉を頬張り更に両手で肉を抱きしめているその姿からは、アーロンを倒す実力があるとは到底思えない。というか、弱そう。細いし。

「あの人が・・・?そうは見えませんけど」
「だろう?あたし達もまさか本当に倒してくれるとは思わなかった。海賊のくせに、良い奴らだよ」
「海賊?彼は海賊なんですか?」

海賊…
サラリと女の口から出てきた言葉に、思わず力が入る。良い海賊なんて居るわけがないのに、なんて呑気なのだ、この島の人達は。海賊に支配されていたのに、海賊を信じきっている。

「海賊に良いも悪いもないですよ、こんなお祭り騒ぎだなんて、どうかしてます!」
「何堅いこと言ってんの、ほーら、もっと飲みなさいよ!」
「も、もうビールはいいですって!…何のためにアーロンを倒したのか分からないんですか?海賊の縄張り争いですよ、次は彼らがここを支配するつもりなんですっ」

私の言葉はまったくこれっぽっちも届かない。何言ってんの、とホロ酔い気分で女はあははと笑うばかりなんだから。
ヒーロー扱いさせておいて後でこっ酷く裏切るつもりなんだわ、海賊のやることってえげつない!




「…あなたがアーロンを倒したの?」

目の前で腹踊りをする陽気な男。私が真面目に聞いているのに、腹踊りは継続で周りでクルーが笑い転げてる。完璧に舐められてる、私!

「ああ!!アーロンは悪いやつだからな!!」
「あなたは?海賊でしょう、悪くないの」

まずは穏便にと思っていたのに、にひひと笑う屈託ない笑顔に腹が経って思わず手に力を込めてしまった。パリン、とジョッキグラスが割れ、ビールが溢れた。

「ええー!!!お前怪力だなあ!手、大丈夫なのか?」

近くにあったテーブルクロスを持って寄ってくる男の調子にイラっとして、 男の顎を思い切り蹴り上げ、地面に押し倒した。素早く馬乗りになり、腰元から抜いたナイフを、男の喉元にあてがう。

「お前強えなー」
「・・・あなたの部下もなかなかね。女の子相手に何の容赦もないなんて」

私の首元、掠るか掠らないかの微妙な位置に、日本刀が当てられている。緑色の髪だなんて初めて見た…とこんな状況にも関わらず内心ふざけたことを考えられる余裕があるのは私がロギア系の能力者であり、彼の攻撃に覇気が感じられないから。

「刀を納めないと大切な船長の首が飛ぶわよ」
「やれるもんならやってみろ。その前におれが動く」
「なあ、お前アーロンの仲間なのか?」

「違うわよそんなわけないでしょうバカ!」

緊張感のない言葉に、つい刀の柄で頭を思い切り殴ってしまった。

「痛え、おれ、ゴムなのにっ」

パシャ、と水音。この男、やりやがった!緑頭の剣士が本当に私の頭を切り落として、私が溶けた。いや、溶けさせられた。私がもとの形を取り戻せば、「ち、悪魔の実の能力者か」と更なる殺気が向けられる。怒りに爆発したいのはこっちの方だ!

「私は刀じゃなく柄で殴ったのに、よくも容赦なく首を切り落としてくれたわねって、ああもう、そうじゃなくて、あなた達、何が目的なの!村人を騙して支配しようって魂胆は見え見えなのよ!」

このまま戦闘に持ち込んで、一気に決着を…と辺りを見渡すと、「どけ、どいてくれ」と人混みをかき分けて向かってくる懐かしい人影。ゲンさんだった。懐かしさが溢れて思わず「ゲンさんっ、」と満面の笑みが零れた。

「ゲンさんっ、安心して下さい、ここは私が―――――」
「何をしておる、退け!!!」
「え……?」

予想外の怒号に笑顔のまま固まるしかなかった。ゲンさんは海賊の馬乗りになった私を押しのけて、下敷きになっていた青年の手を引いて立たせた。

「ゲンさん、どうしたんです、何故彼らを守るんですか、海賊ですよ!」
「海賊がなんだ!彼らはワシらをアーロンの手から救ってくれた命の恩人だ!今更現れて恩人に手を上げるというのなら、例えお前が相手だとしても黙ってはおれん!」
「恩人って…海賊なんですよ?アーロンと同じ、海賊なんです!!」

ざわつく村人達の中から、「あれちゃんだって」「何を今更・・・」と私を責める声が聞こえてくる。

「なあ風車のおっさん。こいつ、知り合いなのか?」
「こいつは海軍本部の少将で、かつてこの島に住んでおった。ほんの3年間だったがな」

ほんの3年間。大した縁はないと言われたようで、大好きだった昔の思い出がひび割れてしまったように感じた。

「…海兵なら、この島の状況を分かってたはずだろう」

剣士が鋭く睨みをきかせて言った言葉に、視界が潤んだ。海賊に泣かされるのは恥である気がして、零さないよう平静を装った。悔しい。無理をして故郷を助けに来た、と真実を告げるのも言い訳がましく感じて、言い返すことばが見つからない。

、お前、この8年間一体何をしておった。新聞ではお前の活躍が度々記事になっておったし、ワシらはお前に期待していた。近くの支部の海兵はアーロンと手を組んで金儲け、お前はお前で昇進の為だけに働きおる。…これのどこが正義か。お祝ムードに水を差すな、帰ってくれ」


帰ってくれ、のその一言で思わず涙が零れた。慌てて背を向けて、そして港へ向かう。


海賊を見逃して背を向けることの悔しさ。故郷から見放されたような苦しさ。息継ぎも出来ない程に、泣いた。


△▽


ずびー、ぐすん。

青キジさああああああん

帰ってくるなり猛烈な勢いで抱きついてきた部下を、青キジはグラつきもせずにしっかりと抱きとめた。何があったのか問いただせば、なるほど、号泣するのも頷けた。

ポンポン、と優しく頭を叩けばは青キジを真剣に見つめて言った。

「初めて…海賊を見逃してきました」
「見極めしっかり出来てんならいいんでないの」
「怒ってないんですか…?こっちに着くまでに早速手配書出てるし…初回から3000万だし…」
「まあねえ、部下は上司に似るもんだしねえ」

「麦わらのルフィ・・・これからの動きは把握しておきます。何かあれば、私が行きます」

スン、と鼻を鳴らしながらの部下の決意表明に、青キジは優しく頭を撫でた。

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